1916年の論文「一般相対性理論の基礎」(その10)
物質がない場合の重力場の方程式を議論したアインシュタインは、一般的な重力場の方程式の議論に移る前にエネルギー運動量の法則について議論をしています。そこで、次は標記論文の第15節
15 重力場に対するハミルトン関数、運動量・エネルギーの法則
を読みます。アインシュタインは、場の方程式が運動量とエネルギーの法則に対応することを示すためには次のように理論をハミルトン形式で書くのが最も便利であると述べていますが、ここで言うハミルトン形式とは、解析力学におけるハミルトンの正準形式のことではなく、変分の停留条件を方程式に一致させるハミルトンの変分原理を指しているものと思われます。アインシュタインは今考えている有限の4次元積分領域の境界に対して変分が零となる式として
δ∫Hdτ=0, H=g^μνΓ^α_μβΓ^β_να, √(-g) = 1
を書き下しています。
さてこれらの式が物質がない場合の重力場の方程式と同値であることをまず示さなければなりません。その目的のために H を、基本テンソル g_μν とその微分 g^μν_σ = ∂g^μν/∂x_σ の関数であるとみなし、その変分を具体的に計算します。δΓ^β_να を δg_μν と δg^μν_σ の1次式で表されるとすれば
H + δH = (g^μν + δg^μν)(Γ^α_μβ + δΓ^α_μβ)(Γ^β_να + δΓ^β_να)
= (g^μν + δg^μν)(Γ^α_μβΓ^β_να + Γ^α_μβδΓ^β_να + δΓ^α_μβΓ^β_να)
= g^μνΓ^α_μβΓ^β_να + g^μνΓ^α_μβδΓ^β_να + g^μνδΓ^α_μβΓ^β_να + δg^μνΓ^α_μβΓ^β_να
ですが、
H = g^μνΓ^α_μβΓ^β_να
であり、第3項のダミーインデックスのμとν、αとβを入れ替えて書き、基本テンソルが対称テンソル
g^νμ = g^μν
であることに注意すると
δH = Γ^α_μβΓ^β_ναδg^μν + 2g^μνΓ^α_μβ(δΓ^β_να)
を得ます。これはまた、
δ(g^μνΓ^α_νβ) = (δg^μν)Γ^α_νβ + g^μν(δΓ^α_νβ)
Γ^α_μβδ(g^μνΓ^α_νβ) = (δg^μν)Γ^α_μβΓ^α_νβ + g^μνΓ^α_μβ(δΓ^α_νβ)
2Γ^α_μβδ(g^μνΓ^α_νβ) = 2(δg^μν)Γ^α_μβΓ^α_νβ + 2g^μνΓ^α_μβ(δΓ^α_νβ)
より
δH = Γ^α_μβΓ^β_ναδg^μν + g^μνΓ^α_μβδΓ^β_να
= - Γ^α_μβΓ^β_ναδg^μν + 2Γ^α_μβδ(g^μνΓ^β_να)
となります。しかし、ここで
δ(g^μνΓ^β_να) = - (1/2)δ[g^μνg^βλ{(∂g_νλ/∂x_α) + (∂g_αλ/∂x_ν) - (∂g_αν/∂x_λ)}]
ですから、中括弧{ }の中の最後の二つの項に着目すると、第2項のダミーインデックスνとλを入れ換えて書けば、
g^μνg^βλ(∂g_αλ/∂x_ν)=g^μλg^βν(∂g_αν/∂x_λ)
となりますが、総和指標をどう名付けるかは問題にならないので互いにダミーインデックスμとβを入れ替えると、第3項
- g^μνg^βλ(∂g_αν/∂x_λ)
と符号がだけが異ることになり、したがってこれらはδHの項の中では打ち消し合ってしまうことになります。なぜならばこれらの項にはは指標μとβに関して対称なΓ^α_μβが掛けられているからです。従って中括弧{ }の中では最初の項だけが考えるべき項として残ることになります。さらに基本テンソルの性質
(∂g^μν/∂x_σ) = g^μαg^νβ(∂g_αβ/∂x_σ)
を考慮して、
δH = - Γ^α_μβΓ^β_ναδg^μν + Γ^α_μβδg^μβ_α
を得ます。従って、
(∂H/∂g^μν) = - Γ^α_μβΓ^β_να
(∂H/∂g^μν_α) = Γ^α_μν
です。
一方、変分
δ∫Hdτ=0, H=g^μνΓ^α_μβΓ^β_να, √(-g) = 1
を実行して停留条件を求めるとオイラー方程式
(∂/∂x_α)(∂H/∂g^μν_α) - (∂H/∂g^μν) = 0
となりますから、上で得た結果を考慮すると、
(∂/∂x_α)Γ^α_μν + Γ^α_μβΓ^β_να = 0, √(-g) = 1
となり、ハミルトンの変分原理で書かれた式が物質がない場合の重力場の方程式に一致することが示されます。もし、
(∂/∂x_α)(∂H/∂g^μν_α) - (∂H/∂g^μν) = 0
に、∂g^μν/∂x_α = g^μν_α を掛ければ
∂g^μντ_σ/∂x_α = ∂g^μν_α/∂x_σ
に注意して
g^μν_σ(∂/∂x_α)(∂H/∂g^μν_α)=(∂/x_α){g^μν_σ(∂H/∂g^μν_α)} - (∂H/∂g^μν_α)(∂g^μν_α/∂x_σ)
となることからオイラー方程式
(∂/∂x_α)(∂H/∂g^μν_α) - (∂H/∂g^μν) = 0
として
∂t^α_σ/∂x_α = 0, -2χt^α_σ = g^μν_σ(∂H/∂g^μν_α) - δ^α_σH
を得ます。アインシュタインはここで因数-2χを導入した理由をこの後述べるとしています。ともかくも、
(∂H/∂g^μν) = - Γ^α_μβΓ^β_να, (∂H/∂g^μν_α) = Γ^α_μν, √(-g) = 1
そして
∂g^μν/∂x_σ = g^μτ{τσ,ν} - g^ντ{τσ,μ}
を用いれば、
χt^α_σ = (1/2)δ^α_σg^μνΓ^λ_μβΓ^β_νλ - g^μνΓ^α_μβΓ^β_να
となります。ここで t^α_σ がテンソルではないことに注意すべきです。
他方、
∂t^α_σ/∂x_α = 0, -2χt^α_σ = g^μν_σ(∂H/∂g^μν_α) - δ^α_σH
は、
√(-g) = 1
であるようなすべての座標系で成り立つ方程式で、重力場に対する運動量とエネルギーの保存則を表しています。実際この方程式を3次元体積 V にわたって積分すれば、4つの方程式
(d/dx_4)∫t^4_σdV = ∫(lt^1_σ + mt^2_σ + nt^3_σ)dS
を与えます。ここで、l、m、n は、ユークリッド幾何学の意味での3次元体積の境界面の面要素 dS の内向き法線の方向余弦です。アインシュタインはこの式を、普通の形式での保存則の表現であると認められると述べています。そして量 t^α_σ を重力場のエネルギー成分と呼んでいます。
さてここでアインシュタインは、物質がない場合の重力場の方程式に第3の表現形を与えると宣言し、この方程式の形こそ、今考察している主題を生き生きと捉えるのに有用であると述べています。重力場の方程式
(∂/∂x_α)Γ^α_μν + Γ^α_μβΓ^β_να = 0, √(-g) = 1
に基本テンソル g^μν を掛けることによって混合テンソルの形に書き直すことができます。まず
g^νσ(∂Γ^α_μν/∂x_α) = (∂/∂x_α)(g^μνΓ^α_μν) - (∂g^νσ/∂x_α)Γ^α_μν
であることに注意すると、この量は、
∂g^μν/∂x_σ = g^μτ{τσ,ν} - g^ντ{τσ,μ}
によって
(∂/∂x_α)(g^νσΓ^α_μν) - g^νβΓ^σ_αβΓ^α_μν - g^σβΓ^ν_βαΓ^α_μν
あるいは総和記号を書き換えて
(∂/∂x_α)(g^σβΓ^α_μβ) - g^γδΓ^σ_γβΓ^β_δμ - g^νσΓ^α_μβΓ^β_να
と同値であることがわかります。そしてこの式の第3項は、物質がない場合の重力場の方程式の第2項から得られるものに等しいことがわかります。ここで関係式
χt^α_σ = (1/2)δ^α_σg^μνΓ^λ_μβΓ^β_νλ - g^μνΓ^α_μβΓ^β_να
を用いれはこの第2項は、
κ{t^σ_μ - (1/2)δ^σ_μt}
と書くことができます。ここで
t = t^α_α
です。従って物質のない場合の重力場の方程式
(∂/∂x_α)Γ^α_μν + Γ^α_μβΓ^β_να = 0, √(-g) = 1
の代わりに
(∂/∂x_α)(g^σβΓ^α_μβ) = - κ{t^σ_μ - (1/2)δ^σ_μt}, √(-g) = 1
を得ます。
このようにしてアインシュタインは物質がない場合の重力場の方程式とエネルギー運動量の保存則を得ることに成功しました。次の議論はこれを物質が存在する場合へと拡張することです。