1911年の論文「重力の光の伝搬への影響について」(その2)
重力場の力線が z 軸の負の方向へ向かうように向きのつけられた定常な座標系 K と重力場のない空間において z 軸の正の方向へ一様な加速度 γ で運動している座標系 K' が物理学的に全く同値であるという仮定が真である可能性について特殊相対性理論の見地から考察を進めます。標記論文の第2節
2 エネルギーの重さについて
を読みます。特殊相対性理論の一つの帰結は、物体の慣性質量がエネルギーとともに増加するということです。つまりエネルギーの増加が E であれば慣性質量の増加は E/c^2 です。ただし、c は光の速度を表します。アインシュタインはここでこの慣性質量の増加に対応して、重力質量の増加が存在するであろうかという問題を提示しています。そしてもし物体のエネルギーが増加してもそうでないとすれば、物体は同じ重力場の中で同じ重力の作用を受けても、慣性質量が変化しているので重力によって生じる加速度が変化することになります。つまり物体が含むエネルギーに応じて物体は種々の加速度で落下することになります。そのことから、質量の保存法則が、エネルギーの保存法則に合併されてしまうという特殊相対性理論の十分に満足のいく結果が成り立たないことになってしまいます。なぜならエネルギーの保存法則としての慣性質量に対する質量の保存法則を捨ててしまったので、質量の保存則としては重力質量に対する古い形での保存法則を強いられることになるからです。
しかし、アインシュタインの見解では、これは非常に可能性の少ないものであるようです。他方では、特殊相対性理論は重力を考察の対象外に置いているので、物体の重さが物体に含まれるエネルギーに依存することを推論するようなどんな論法も与えてはくれません。しかし座標系 K と K' の同値性に関する仮定がその一つの必然的な結論としてエネルギーの重力質量に対する知見を与えることを示すとアインシュタインは述べています。
測定装置を備えた二つの物質系 S_1 および S_2 が、座標系 K の z 軸上に互いに h だけ離れておかれているものとします。ここで物質系 S_1 と S_2 の大きさはそれら二つの隔たり h に比較すれば無限に小さいものとみなすことにします。従って物資系 S_2 の中の重力のポテンシャルが物質系 S_1 の中の重力のポテンシャルより γh だけ大きいとします。今、エネルギーの一定量 E が光線として物質系 S_2 から物質系 S_1 へ向かって放出されたとしましょう。このとき、物質系 S_1 と S_2 におけるエネルギーの量を完全に同じ測定装置で測定でき、座標系 K 内の同じ場所 z に移動して比較ができるとしても、座標系 K である限り輻射によるこのエネルギーの移動の過程に関して先験的には何も言うことができません。なぜなら、輻射と物質系の測定装置への重力場の影響については何の知見もないからです。
しかし座標系 K と K' の同値性に関する仮定から、一様な重力場の中にある座標系 K の代わりに、重力場のない座標系 K' を設定することができます。この座標系 K' は z 軸の正の向きに一様な加速度で運動していて、z 軸上には物質系の S_1 と S_2 が h だけ隔たって固定されているものとします。
我々は物質系 S_2 から物質系 S_1 への輻射によるエネルギーの移動の過程を加速度を持っていない座標系 K_0 から考察します。輻射エネルギー E_2 が S_2 から S_1 へ向かって放出された瞬間における座標系 K' の座標系 K_0 に対する速度が 0 であるとします。輻射は第1近似において時間 h/c だけ経過したときに S_1 へ到達することになります。この瞬間には S_1 の座標系 K_0 に対する速度は
γh/c = v
です。従って特殊相対性理論によって、S_1 に到達した輻射のエネルギー E_1 は E_2 より大きいエネルギーを持っていて、第1近似の範囲内で、
E_1 = E_2{1+(v/c)} = E_2{1+(γh/c^2)}
で結ばれています。我々の過程によれば、加速されてはいないが重力場を持っている座標系 K で同じ過程がおこり、それを座標系 K_0 から考察する場合も、全く同じ関係式が成り立つことになります。この場合には一様な重力場のポテンシャル Φ を考えることができ、S_1 の中の重力ポテンシャルを Φ = 0 とおき、S_2 の中の重力ポテンシャル Φ で γh を置き換えることができます。従ってエネルギーの関係式は、
E_1 = E_2+E_2(γh/c^2) = E_2+(E_2/c^2)Φ
となります。この関係式は瞬間的な慣性座標系を想定すれば、特殊相対性理論での考察から導くことができます。それはエネルギー運動量4元ベクトルの性質として理解できるものです。少しずるいですが、S_2 から輻射エネルギー E_2 が光子の形で放出され、同時に測定装置で測定されたとします。測定の瞬間、装置は座標系 K_0 に対して静止しています。座標系 K_0 の z 軸の負の方向に放射された光子のエネルギー運動量4元ベクトルを静止系で
(E_x,E_y,E_z,E_t) = (0,0,-cp_2,E_2)
とおきます。一方、S_1 で光子のエネルギーが測定装置で測定される瞬間の輻射エネルギー
(E_ξ,E_η,E_ζ,E_τ) = (0,0,-cp_1,E_1)
は座標系 K_0 に対して速度 γh/c の運動系でのエネルギー運動量4元ベクトルです。静止系 (x,y,z,t) から運動系 (ξ,η,ζ,τ) へのローレンツ変換式
ξ = x
η = y
ζ = β(z - vt)
τ = β{t - (v/c^2)z}
を用いると光子の輻射エネルギーは、
-cp_1 = β{-cp_2 - (v/c)E_2}
E_1 = β{E_2 + (v/c)cp_2}
を満たします。ここで
E_1 = cp_1, E_2 = cp_2
に注意すると、
β = 1/√[{1 - (v/c)^2}
より
E_1 = E_2√[{1 + (v/c)}/{1 - (v/c)}]
が従います。S_1 の座標系 K_0 に対する速度
γh/c = v
は c に比べて十分小さいとして、(v/c)^2 を無視すれば
√(1 + x) ≒ 1 + (1/2)x, 1/√(1 - x) ≒ 1 + (1/2)x
を用いて
E_1 ≒ E_2{1 + (1/2)(v/c)}{1 + (1/2)(v/c)} ≒ E_2{1 + (v/c)} ≒ E_2{1 + (γh/c^2)}
となります。
アインシュタインの仮定によれば、加速されてはいないが重力場を持っている座標系 K で同じ過程がおこり、それを座標系 K_0 から考察する場合も、全く同じ関係式が成り立つことになります。この場合には一様な重力場のポテンシャル Φ を考えることができ、S_1 の中の重力ポテンシャルを Φ = 0 とおき、S_2 の中の重力ポテンシャル Φ で γh を置き換えることができます。従ってエネルギーの関係式は、
E_1 = E_2 + E_2(γh/c^2) = E_2 + (E_2/c^2)Φ
となります。この式は観察している過程のエネルギーの法則を表しています。つまり S_1 に到達するエネルギー E_1 は S_2 から放出され、同じ方法ではかられたエネルギー E_2 よりも大きく、その差は重力場における質量 E_2/c^2 のポテンシャルエネルギーであるということです。従ってこれがエネルギーの保存原理を満たすためには、S_2 での輻射エネルギー E の放出の前に、重力質量 E/c^2 に対応する重力のポテンシャルエネルギーを付け加えなければならないことを示しています。これによって、座標系 K と K' の同値性の仮定はこの節の最初に述べた特殊相対性理論では解決されなかった困難が取り除かれていることがわかるとアインシュタインは述べています。そしてこの考察結果の意義を明確にするために、次のような操作サイクルを提示しています。
- S_2 で値 E と測られたエネルギーが、S_2 から輻射の形で S_1 に向かて放射される。このとき今得られた結果から、S_1 で吸収されるエネルギーの値は E{1 + (γh/c^2)} と計測される。
- 1. の光とは別に質量 M の物体 W を S_2 から S_1 へおろす。この過程 Mγh の仕事が外部になされる。
- 物体 W が S_1 にあるときに S_1 から物体 W にエネルギー E を移す。ここで重力質量 M はその値が M' に変化する。
- ここでふたたび物体 W を S_2 へあげる。この過程では外部から物体 W に仕事 M'γh がなされる。
- 物体 W からエネルギー E を S_2 に戻す。
このサイクルの効果は、S_1 が値 Eγ(h/c^2) のエネルギーを受け取り、S_1,S_2,W からなるこの系に力学的な仕事の形で M'γh - Mγh のエネルギーが伝えられたということです。従ってエネルギー原理によって、
Eγ(h/c^2) = M'γh - Mγh
すなわち
M' - M = E/c^2
でなければならないことになります。このように物体 W の重力質量の増加は E/c^2 に等しく、特殊相対性理論で与えられる慣性質量の増加に等しいことが示されました。
アインシュタインは、この結果は座標系 K と K' の同値性からより直接的に得られると述べています。この同値性によれば、座標系 K における重力質量は、座標系 K' における慣性質量に正確に等しいことになります。もう一つ別の質量 M_0 が座標系 K' の中でばね秤に吊り下げられているとします。訳出文には「K」となっていますが、加速度系での話なので、「K'」であるとして読み替えています。座標系 K' においてはこのばね秤は、M_0 に働く慣性力によって、見かけの重さ M_0γ を示すことになります。そしてもしエネルギー量 E を M_0 に移すとすると、このばね秤はエネルギーの慣性法則に従って、(M_0 + E/c^2)γ を示すことになります。アインシュタインは、この基本的な仮定によれば、この実験が座標系 K、即ち重力場内で行われた場合でも、これとまったく同じことが起こるはずだと主張しています。これで第2節を読み終えましたので、次回は第3節に進みたいと思います。