アルベルト・アインシュタインの論文を読む

アインシュタインの論文に関する独断と偏見に満ちた読後報告です。

1911年の論文「重力の光の伝搬への影響について」(その4)

 前節では、重力ポテンシャルの差が時間の経過に影響を与え、重力場の中でも光速度不変の原理が時間の遅れを考慮した形で成り立つことを見ました。続けて標記論文の第4節

4 重力場における光線の偏倚

を読みます。アインシュタインは、前節で証明された

重力場における光の速度は場所の関数である。

という命題から、ホイヘンスの原理に従えば、重力場の中を通過する光線は偏倚を受けることが容易に推論できると述べています。ホイヘンスの原理は波面の伝播と形成に関する原理で、波動の伝播問題を解析する手法として用いられるものです。ある時刻における波面上に無数の点波源があるとみなし、それぞれの点波源から素元波と呼ばれる球面状の波が出て、次の瞬間の波面はそれらの無数の素元波の包絡面として得られるというものです。ここでは光波の平面波の伝搬が考察されています。


 ε を時刻 t における平面光波の一つの等位相面とします。その等位相面上にあってたがいに単位距離だけ離れた2点を P_1P_2 とします。図が表示されていて ε に相当する等位相面が直線で表現され、 P_1 と P_2 はその直線上にあり、P_1 から P_2 に向かう方向に n' 軸が取られています。重力場と光波の関係は光波の等位相面が紙面と交わる交線が ε の直線であり、重力ポテンシャル Φ の紙面の法線方向への方向微分が零であるように選ばれているものと仮定します。従って場所の関数である光速度


c = c_0{1 + (Φ/c^2)}


もまた紙面の法線方向への方向微分が零です。時刻 t における ε の等位相面から時刻 t + dt での等位相面を図示するには、ホイヘンスの原理に従って点 P_1 における光の速さを c_1、点 P_2 における光の速さを c_2 として、点 P_1 を中心とした半径 c_1dt の円弧と点 P_2 を中心とした半径 c_2dt の円弧を描き、それらの共通接線を描くことで、等位相面の神の面による切り口として図示することが可能となります。光の速さの n' 方向への変化率は、光が1秒間に進む距離が単位長に比べて十分に大きいことを考慮すれば


∂c/∂n' = (c_2 - c_1)/1


ですから、図示が


c_1 > c_2


として描かれていることに注意して、n' の正の方向への曲がる角を正に取れば、dt の間に曲がる角度を da ≒ sin da の値として


(c_1 - c_2)dt/1 = (c_1 - c_2)dt = -(∂c/∂n')dt


だけ曲がるという結果を得ます。従って光が単位長だけ進むのに 1/c だけの時間を要することから、光が単位長進んだときの偏倚角は -(1/c)(∂c/∂n') であり、


c = c_0{1 + (Φ/c^2)}


を用いて、-(1/c^2)(∂Φ/∂n') を得ます。ここでは c_0c で近似しています。この結果、光線の任意の経路上で、n' の正の方向への偏倚角 a の値はその経路にわたる積分で


a=-(1/c^2) ∫ (∂Φ/∂n') ds


と与えられることになります。ここで得た結果についてアインシュタインは、一様に加速されている座標系 K' で直接光の伝搬を考えて、その結果を重力場の中の定常的な座標系 K へ移してされに任意の重力場の場合に移すことで同じ結果を得ることもできると主張しています。


 さて、ニュートンの重力ポテンシャルを用いれば一つの天体のそばを通過する光線は重力のポテンシャルが減少する方向へ、即ち天体がある方へ向かって偏倚を受けることが導かれます。k を重力定数、M を天体の質量とすれば、天体の中心から距離 r にある場所での重力ポテンシャルは、


Φ = -kM/r


でその勾配は動径 r 方向のみを持ちますから、天体付近を通過する光線の経路の天体の中心から距離 r にある位置での、平面光波の波面方向への方向微分は、経路に向かって天体の中心から降ろした垂線から計測した角度を θ として


(∂Φ/∂n') = (kM/r^2)cosθ


となります。従って線積分は s に関して -∞ から +∞ までの積分


a = -(1/c^2) ∫ (kM/r^2)cosθ ds


です。また天体の中心から光線の経路までの距離であるΔ、天体の中心から光線の経路に下した垂線の脚から天体の中心から距離 r にある光線の経路上の場所までの距離 s について、天体付近を通過する光線の経路の天体の中心から距離 r を斜辺とする直角三角形を考えて


r^2 = Δ^2 + s^2 = Δ^2{1 + (s/Δ)^2} = Δ^2{1 + tan^2θ} = Δ^2sec^2θ


ですから


s = Δtanθ


を用いて積分変数を s から θ に変更すると


ds = Δsec^2θdθ


となり、経路上の線積分は θ に関して -π/2 から π/2 までの積分に変更できます。よって


a = (1/c^2) ∫ {kM/(Δ^2sec^2θ)}cosθ Δsec^2θdθ = (1/c^2)(kM/Δ) ∫ cosθdθ


= (1/c^2)(kM/Δ)[sin(π/2) -sin(-π/2)] = 2kM//c^2Δ


を得ます。今この天体として太陽を考えると、


重力定数 k = 6.7 × 10^-11 m^3 kg^-1 s^-2


太陽質量 M = 2.0 × 10^30 kg


太陽半径 Δ = 7.0 × 10^8 m


光速度 c = 3.0 × 10^8 m/s


より、無次元量として


sin a = a = 2×(6.7 × 10^-11)(2.0 × 10^30)÷(3.0 × 10^8)÷(3.0 × 10^8)÷(7.0 × 10^8)


= 0.43×10^-5 = 4.3×10^-6


が算出されます。これは角度にすると


4.3×10^-6 rad = 0.89 秒


となります。


 アインシュタインは、太陽のそばの空にある恒星は、皆既日食の間は見ることができるから、上で展開された理論の結論は実験と比較できるであろうと述べています。そしてまた、木星に対しては、期待されるこの偏倚の大きさは太陽に対する大きさの約100分の1になってしまうとも指摘しています。そして天文学者がこの問題を取り上げてくれることが最も望ましいとも述べています。それはどんな理論的な結論と比較するのかはともかくとして、現在用いることができる観測装置を用いて、重力場が光の伝搬に影響を与えうるかという問題がここにあるからであると述べています。これはのちに、エディントンの日食観測隊によって観測されることになります。以上で標記論文を読むことができました。

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