1916年の論文「一般相対性理論の基礎」(その8)
前回の投稿でアインシュタインが述べているテンソル解析と共変微分について一通りその計算を追うことができましたので、次節に進みます。標記論文の第12節
12 リーマン・クリストッフェルのテンソル
を読みます。アインシュタインはこの節で、基本テンソルだけから微分によって得ることができるテンソルを探すと述べています。一見してこの答は明らかなように見えます。それは基本テンソル g_μν は共変テンソルなので、任意に与えられた共変テンソルの拡大の式
A_μνσ = (∂A_μν/∂x_σ) - {μσ,τ}A_τν - {νσ,τ}A_μτ
の A_μν の代わりに基本テンソル g_μν を代入すれば、新しいテンソルとして基本テンソルの拡大、つまり基本テンソルの共変微分が得られるからです。しかし基本テンソルの共変微分が恒等的に零となることが容易にわかります。クリストッフェルの3指標記号の定義
[μν,σ] = (1/2){(∂g_μσ/∂x_ν) + (∂g_νσ/∂x_μ) - (∂g_μν/∂x_σ)}
{μν,τ} = g^τσ[μν,σ]
を用いて計算すれば
(∂g_μν/∂x_σ) - {μσ,τ}g_τν - {νσ,τ}g_μτ
= (∂g_μν/∂x_σ) - g_τνg^τρ[μσ,ρ] - g_μτg^τρ[νσ,ρ]
= (∂g_μν/∂x_σ) - [μσ,ν] - [νσ,μ]
= (∂g_μν/∂x_σ) - (1/2){(∂g_μν/∂x_σ) + (∂g_σν/∂x_μ) - (∂g_μσ/∂x_ν)}
- (1/2){(∂g_νμ/∂x_σ) + (∂g_σμ/∂x_ν) - (∂g_νσ/∂x_μ)}
= 0
となって、新しいテンソルは得られないということです。しかし、アインシュタインは、2階の共変テンソルの拡大、つまり共変微分
A_μν = (∂A_μ/∂x_ν) - {μν,τ}A_τ
を利用すれば基本テンソルだけから微分によって得ることができるテンソルを見出すことができると述べています。ここで2階の共変テンソルを共変4ベクトルの拡大、つまり共変微分
A_μν = (∂A_μ/∂x_ν) - {μν,τ}A_τ
に選び、この共変テンソルの共変微分によって3階の共変テンソルを計算しています。
A_μνσ
= (∂/∂x_σ)[(∂A_μ/∂x_ν) - {μν,τ}A_τ]
- {μσ,τ}[(∂A_τ/∂x_ν) - {τν,ρ}A_ρ] - {νσ,τ}[(∂A_μ/∂x_τ) - {μτ,ρ}A_ρ]
= (∂^2A_μ/∂x_σ∂x_ν) - (∂{μν,τ}/∂x_σ)A_τ - {μν,τ}(∂A_τ/∂x_σ)
- {μσ,τ}(∂A_τ/∂x_ν) + {μσ,τ}{τν,ρ}A_ρ
- {νσ,τ}(∂A_μ/∂x_τ) + {νσ,τ}{μτ,ρ}A_ρ
= (∂^2A_μ/∂x_σ∂x_ν) - (∂{μν,τ}/∂x_σ)A_τ - {μν,τ}(∂A_τ/∂x_σ)
- {μσ,τ}(∂A_τ/∂x_ν) - {νσ,τ}(∂A_μ/∂x_τ)
+ [{μσ,τ}{τν,ρ} + {νσ,τ}{μτ,ρ}]A_ρ
そしてこの式を見たアインシュタインは、ν と σ に関して反対称なテンソル
A_μνσ - A_μσν
を求めるべきことを直感しました。それは ν と σ の入れ換えに対して対称な項があり、しかも A_μ の微分が消えてしまうからでした。実際
A_μσν = (∂A_μσ/∂x_ν) - {μν,τ}A_τσ - {σν,τ}A_μτ
に
A_μσ = (∂A_μ/∂x_σ) - {μσ,τ}A_τ
を代入して
A_μσν = (∂/∂x_ν)[(∂A_μ/∂x_σ) - {μσ,τ}A_τ]
- {μν,τ}[(∂A_τ/∂x_σ) - {τσ,μ}A_μ] - {σν,τ}[(∂A_μ/∂x_τ) - {μτ,ρ}A_ρ]
= (∂^2A_μ/∂x_ν∂x_σ) - (∂{μσ,τ}/∂x_ν)A_τ - {μσ,τ}(∂A_τ/∂x_ν) - {μν,τ}(∂A_τ/∂x_σ) + {μν,τ}{τσ,ρ}A_ρ
- {σν,τ}(∂A_μ/∂x_τ) + {σν,τ}{μτ,ρ}A_ρ
= (∂^2A_μ/∂x_ν∂x_σ) - (∂{μσ,τ}/∂x_ν)A_τ - {μσ,τ}(∂A_τ/∂x_ν)
- {μν,τ}(∂A_τ/∂x_σ) - {σν,τ}(∂A_μ/∂x_τ) + [{μν,τ}{τσ,ρ} + {σν,τ}{μτ,ρ}]A_ρ
を作り、A_μνσ - A_μσν を計算すると、ν と σ が対称な次の総和項
(∂^2A_μ/∂x_σ∂x_ν), {μν,τ}(∂A_τ/∂x_σ), {μσ,τ}(∂A_τ/∂x_ν), {νσ,τ}{μτ,ρ}]A_ρ
がそれぞれ相殺するので、その結果は
A_μνσ - A_μσν
= - (∂{μν,τ}/∂x_σ)A_τ + (∂{μσ,τ}/∂x_ν)A_τ - {μν,τ}{τσ,ρ}A_ρ + [{μσ,τ}{τν,ρ}A_ρ
となります。アインシュタインはこの結果の特徴的なことは右辺には A_μ だけが現れていて、その微分が現れていないということだと述べています。そして、第7節で述べたテンソルの外積の規則から、左辺が任意の共変ベクトルを2階共変微分したものの差である A_μνσ - A_μσν のテンソル性に鑑みて、右辺が任意の共変ベクトルの一次式であるので、適当な4階のテンソルが存在して、それとの縮約で書けることがわかります。
そこで
A_μνσ - A_μσν = B^ρ_μνσA_ρ
と置いて、
B^ρ_μνσ = - (∂{μν,ρ}/∂x_σ) + (∂{μσ,ρ}/∂x_ν) - {μν,τ}{τσ,ρ} + [{μσ,τ}{τν,ρ}
と定義します。これはリーマンクリスリストフェルテンソル、リーマンの曲率テンソルです。この曲率テンソルの式から、今計算をしている左辺は任意の共変ベクトルの共変微分の順序を入れ替えたものの差ですから、共変微分の交換関係がゲージ場に一致するというゲージ理論の一端が垣間見えます。U(1) ゲージ理論の曲率テンソルが電磁場、もしくはハイパーチャージの場、SU(2) ゲージ理論の曲率テンソルがヤンミルズ場、もしくは対称性が破れていないウィークチャージの場、SU(3) ゲージ理論の曲率テンソルがカラーチャージの場ですから、リーマンクリスリストフェルの曲率テンソルが重力場ということになります。違いがあるとすれば束構造をもつ微分可能多様体の底空間の局所座標系の変換についての接続に関する曲率テンソルが重力場、接空間のである複素線形空間の変換についての接続に関する曲率テンソルが電磁場や核力の場ということでしょうか。
ここからアインシュタインは、曲率テンソルの数学的意味を次のように述べています。今着目している時空連続体の性格として、計量テンソル g_μν が定数であるような座標系の存在を許すようなものであれば、すべての B^ρ_μνσ の成分が零になってしまうというのです。確かに接続係数 {μν,τ} は計量テンソルとその一階導関数から構成され、それらとその微分から曲率テンソル構成されていることを考えると、その主張は明らかです。そこで計量テンソル g_μν が定数であるような座標系から新しい任意の座標系に移ることを考えます。すると一般にはもはや計量テンソルは定数ではありません。しかし、曲率テンソル B^ρ_μνσ は、そのテンソル性から変換式を見れば明らかなように、変換後の各成分がやはり零になってしまいます。従ってリーマンクリストッフェルの曲率テンソルが零になるということは、座標系を適当に選んで、計量テンソルを定数とできるための必要条件の一つであるということになります。アインシュタインは数学者が十分条件でもあることを証明したと述べています。そしてアインシュタインが今論じている問題について、この点が最も重要なことなのですが、この時空連続体において座標系を適当に選べば、計量テンソルを定数にできるということは、この時空の有限な領域において特殊相対性理論が成立するという場合に相当しているということです。
次にアインシュタインはリッチテンソルについても言及しています。リーマンクリスリストフェルテンソルの曲率テンソル B^ρ_μνσ の添え字 ρ と σ について縮約したもの
B_μν = B^ρ_μνρ
= - (∂{μν,ρ}/∂x_ρ) + (∂{μρ,ρ}/∂x_ν) - {μν,τ}{τρ,ρ} + [{μρ,τ}{τν,ρ}
がリッチテンソルです。
さて、第11節の基本テンソルに関する補助定理の中でテンソル解析の結果から公式
{1/√(-g)}(∂/∂x_γ){√(-g)} = {βγ,β}
が導かれましたが、これは
{1/√(-g)}(∂log{√(-g)}/∂x_γ) = {βγ,β} = {γβ,β}
と書き換えることができるので、アインシュタインはこれを利用して、2階の共変テンソル
R_μν = - (∂{μν,α}/∂x_α) + {μα,β,τ}{νβ,α}
S_μν = (∂^2log√(-g)/∂x_μ∂x_ν) - {μν,α}(∂log√(-g)/∂x_α)
を導入して
B_μν = R_μν + S_μν
と書き換えています。そして、こう分離した理由をアインシュタインは座標系の選択にあると述べています。それはすでに第8節において基本テンソルの性質を考察したときに述べたものです。
アインシュタインは、座標系の選択に対する注意として第8節で座標気について基本テンソル g_μν の行列式の値 g は特殊相対性理論の意味で有限な負の値を持っていると仮定していました。そこで
√(-g) = 1
である座標系を選ぶと、行列式が 1 の座標変換だけが許されることになると指摘しました。第10節と第11節で見てきたようにこのような座標系を選ぶと、微分によるテンソル形成が簡略化されることがわかります。これは重要なことだとアインシュタインは言います。このことは特に、今導いたばかりのリッチテンソル B_μν にあてはまります。そしてこのテンソルはこれから述べる理論において重要な役割を果たすと述べています。実際、リッチテンソルは重力場の方程式を書き下すのに用いられます。
こういうことがあるので、アインシュタインは今後
√(-g) = 1
となる座標系を選んで、特殊化がもたらす簡略化された形ですべての関係式を与えることにすると述べています。そしてもし必要があるのであれば、それらの関係式を一般の共変的な形に直すことは難しいことではないと注意を与えています。
さて、リーマンの曲率テンソルとリッチテンソルにまで考察を進めたアインシュタインはテンソル解析の話題を一段落として、いよいよ重力場の理論の建設に取り掛かります。