アルベルト・アインシュタインの論文を読む

アインシュタインの論文に関する独断と偏見に満ちた読後報告です。

1916年の論文「一般相対性理論の基礎」(その9)

 一般共変性の要請を定式化するために数学を準備ができたので、アインシュタインはいよいよ

C 重力場の理論

の部に議論を進めて、重力場の理論の建設に取り掛かります。そこでまず第13節

13 重力場における質点の運動方程式、重力場の成分に対する式

を読むことにします。特殊相対性理論によれば、外力の作用を受けていない自由に動きうる質点は、一直線上を一様に運動します。一般相対性理論によれば、座標系 K_0 の基本テンソル g_μν の値を


-1  0  0  0
 0 -1  0  0
 0  0 -1  0
 0  0  0  1


で与えられるような特殊な定数をもつように選ばれ得るような4次元連続体の部分でも、やはり同じ運動法則が成立します。もしこの運動を任意に選ばれた座標系 K_1 から考察すれば、第2節で考察したようにこの質点はある重力場内を運動しているとみることができます。


 アインシュタインは、この質点の座標系 K_1 に関する運動法則は次のような考察から容易に得ることができるとして、以下に述べる議論を行っています。座標系 K_0 に関しては特殊相対性理論の結果から質点の運動法則を4次元時空連続体における直線、即ち測地線に対応していると考えられます。


 さて第9節で考察されたように線素 ds は座標系とは無関係に定義されるものであり、従って4次元連続体の2つの点を結ぶ曲線で、その弧長が停留値


δ ∫ ds = 0


を取るような曲線、即ち測地線は座標系とは無関係に意味を持っていました。従って座標系 K_1 に関する運動法則は次のような考察から得ることができます。座標系 K_0 に関してはこの質点の世界線は測地線に対応していました。一方、測地線は座標系に無関係に定義されているものですから、測地線の方程式は、座標系 K_1 に関する質点の運動方程式でもあることになります。ここでクリストッフェルの3指標記号を


Γ^τ_μν = -{μν,τ}


と書けば、座標系 K_1 に関する質点の運動方程式は、


d^2x/ds^2=Γ^τ_μν(dx/ds)(dx/ds)


となります。そこでアインシュタインは、この共変の連立方程式が、特殊相対性理論が有限の領域で成立するような座標系 K_0 が存在しない場合でも、重力場のおける質点の運動方程式を定義するものと仮定をしました。そしてさらにこの仮定を正当化する理由として、測地線の方程式が接続係数を通して基本テンソルとその1階偏微分を含んでいるが、それらの間には例え座標系 K_0 が存在するという特殊な場合であっても、何の関係も存在しないからだと述べています。つまり与えられた基本テンソルによって運動方程式が規定されることを意味しているからです。


 そして第9節の議論によれば、


[μν,σ] = (1/2){(∂g_μσ/∂x) + (∂g_νσ/∂x) - (∂g_μν/∂x)},   {μν,τ}=g^τα[μν,σ]


であることを考慮すれば座標系 K_0 が存在するという特殊な場合には、リーマンクリストッフェルのテンソル


B^ρ_μστ = 0


という関係があるので、基本テンソルとその1階微分と2階偏微分の間には関係が存在すると述べています。そしてもし Γ^τ_μν が零になれば、質点は一直線上を一様に運動することになりますから、従ってこれらの Γ^τ_μν という量は運動の一様性からの偏倚を条件づけているものであり、これらが重力場の成分であると述べています。


 続けて第14節

14 物質が存在しない場合の重力の場方程式

を読みます。アインシュタインはここで言葉の使い方について提案をします。即ち重力場以外のものをすべて「物質」と呼び、「重力場」と「物質」をはっきりと区別すると提案しています。従ってここでいう「物質」という言葉の使い方では、普通の意味での物質ばかりでなく、電磁場も含んでいることになります。


 さてアインシュタインの次の目的は物質のない場合の重力場の方程式を見出すことであると述べています。この目的のために前節で質点の運動方程式を作るのに用いた方法を応用するとも述べています。そして求める方程式が満足すべき場合は特殊相対性理論の場合であリ、この場合、基本テンソル g_μν はある定数値を持っていると述べています。今、4次元連続体のある有限の領域で、座標系 K_0 では基本テンソルが定数値を持っていたとするとこの座標系 K_0 に対しては


B^ρ_μνσ = - (∂{μν,ρ}/∂x) + (∂{μσ,ρ}/∂x) - {μν,τ}{τσ,ρ} + [{μσ,τ}{τν,ρ}


で定義されるリーマンクリストッフェルの曲率テンソルのすべての成分が零となってしまいます。従って今考えている領域で曲率テンソルは零となり、他の任意の座標系に対しても零です。つまり物質がないときの重力場の方程式は、曲率テンソルのすべての成分が零であるときに、満足されるようなものでなければならないという主張です。しかしアインシュタインは、この条件はいささか強すぎると述べています。


 その理由は、もし物質のない領域の近傍に一つの質点が存在するとすれば、その質点が生成する重力場があるはずでその重力場を含む領域では座標変換によって座標系をどう選んでも曲率テンソルを零にすることはできないからだと述べています。つまりこれでは基本テンソル g_μν を定数の場合に変換できないからだということです。


 アインシュタインはこのことをもって、物質のない場合の重力場に対しては、曲率テンソル B^ρ_μνσ から縮約によって導かれるリッチテンソル B_μν が零になることを仮定すべきであると述べています。それによって10個の量 g_μν に対する10個の方程式を得ることができ、しかもこれらの方程式は曲率テンソルのすべての B^ρ_μνσ が零になる場合にも満たされることになると述べて、アインシュタインは物質がない場合の重力場の方程式として


(∂/∂x)Γ^α_μν + Γ^α_μβΓ^β_να = 0,   √(-g) = 1


を提唱しました。さらにアインシュタインは、これらの方程式の選び方の中には最小の任意性しかないことを指摘しておかなければならないとして注意を与えています。それはリッチテンソル B_μν 以外には 基本テンソル g_μν とその微分から作られていて、2階より高い微分を含まないで、しかもこれらの微分について1次である2階のテンソルは存在しないからだとその理由を述べています。そして但し書きとして、このことはテンソル


B_μν + λg_μνg^αβB_αβ


についてだけ言えることであることを補足しています。これがのちのアインシュタインテンソルです。ここでλはある定数です。また第2項の g^αβB_αβ は B とでも書かれるべき量で、リッチスカラーと呼ばれるものです。そしてアインシュタインはこのテンソルを零とおくと、結果としては再び


B_μν = 0


に帰着してしまうと述べています。


 アインシュタインはこれらの方程式は一般相対性理論の要求から純数学的な方法によって得られたものですが、質点の運動方程式


d^2x/ds^2 = Γ^τ_μν(dx/ds)(dx/ds)


と組み合わせると、第1近似においてはニュートンの万有引力の法則を与え、第2近似においてはルベリエによって発見され、摂動によって修正を施した理論によっても説明しきれないでいる水星の近日点移動の説明を与えると述べています。そしてこれについては標記論文の最終節で実際に考察されています。アインシュタインの考えでは、以上の事実は一般相対性理論の正しさの確たる証拠であると考えられるべきものであると述べています。


 さて、アインシュタインは次にいよいよ議論を一般の場合の重力場の方程式に移します。その時重要な役割を演じるのがエネルギー運動量の保存則です。

×

非ログインユーザーとして返信する