アルベルト・アインシュタインの論文を読む

アインシュタインの論文に関する独断と偏見に満ちた読後報告です。

1905年の論文「光の生成と変換に関する,ひとつの発見法的観点について」(その2)

 ひるむことなく無謀にも、標記論文の第1節

1. “黒体放射”の困難について

を読もうと思いますが、それに先立ち、黒体輻射の問題について復習しておきます。実は投稿が大幅に遅れた原因がこれです。私にとっては復習などではなく、黒体輻射の問題の勉強でした。参りました。熱力学から勉強を始めなければなりませんでした。表面上の事柄以上に何も知らなかったからです。ですから以下は、


大学演習 量子力学
小谷正雄、梅沢博臣編
裳華房(1959年)


第2章 古典物理学の限界


を参照して当時問題となっていた事柄を想像したに過ぎません。


 19世紀後半に熱輻射の問題が盛んに研究されるようになり、それが1900年のプランクによる作用量子の発見に繋がったことはよく知られています。きっかけは、元素がそれぞれ固有の波長の光を放射し、それと同じ波長の光を吸収することを実験的に見出したキルヒホッフ-ブンゼンの法則でした。さらにキルヒホッフが、熱平衡にある物体は熱輻射線の放射率と吸収率の比が物質によらない値をとり、輻射線の振動数 ν と温度 T にだけ依存するというキルヒホッフの法則を理論的考察から導きました。このとき、『黒体』、つまり投射されたすべての輻射線を吸収する理想的な物体という概念を導入しました。そののち、ヴィーンとリンマーが熱平衡状態にある閉じた空洞で外界との間に小さな窓を持つ空洞が近似的に黒体であることを見出しました。現実的に言えば、溶鉱炉から流れ出る鉄の隙間から炉の中を覗き見るようなものではないかと思われます。現代的に言えば、ある空洞が温度 T の熱浴に接していて熱平衡状態にあるとき、この中に存在する電磁波を小さい窓を通して観測すれば、黒体輻射がみられるということです。従って黒体輻射の問題はしばしば電磁波で満たされた空洞の問題として考察されました。


 空洞の中では空洞壁が絶えず電磁波を放射吸収を繰り返していて熱平衡状態になっているものと考えられます。そこで振動数が νν + dν の間にある電磁波の空洞単位体積当たりのエネルギーを求めることが問題となりました。キルヒホッフの法則によれば、エネルギー密度は空洞壁が電磁波を放射吸収する割合によって決まり、壁を作る物質にはよらないことがわかります。


 実は、エネルギー密度の問題はそれ以前から注目されていて、シュテファンはエネルギー密度が温度 T の4乗に比例することを見出しましたが、一般の輻射に対するもので精度の低い実験であったようです。しかし、ボルツマンが熱力学的な考察によって黒体の場合に成り立つことを示しました。空洞が電磁波で均一に満たされていて、その輻射のエネルギー密度が u であり、マックスウェルの輻射圧 p を及ぼして、温度 T で熱平衡にある系を考察しました。マックスウェルの輻射圧 p は輻射のエネルギー密度 u


p = u/3


の関係にあります。そこで体積 V の空洞に閉じ込められて空洞癖と熱平衡状態にある光子気体のようなものを考えて内部エネルギー U に対する熱力学の第1法則


dU = - pdV + TdS


を適用してみます。


dS = (1/T)(dU + pdV)


としてエントロピー S を温度 T と体積 V の関数として表すことを考えます。内部エネルギー


U = uV


の微分は


dU = (du)V + udV


ですから、マックスウェルの輻射圧を考慮すると、


dS = (1/T){(du)V + udV + (u/3)dV} = (1/T){(du)V + (4u/3)dV}


となります。STV の関数と考えると


dS = (1/T){(du/dT)VdT + (4u/3)dV}


ですから


(∂S/∂T)V = (V/T)(du/dT)


(∂S/∂V)T = 4u/3T


であることがわかります。従って


(∂^2S/∂T∂V) = (1/T)(du/dT) = (4/3T)(du/dT) - (4u/3T^2)


となり、輻射の全エネルギー密度 u に対する微分方程式


-(1/3T)(du/dT) = -4u/3T^2


du/dT = 4u/T


を得ます。よって


du/u = 4dT/T


log u = log T^4 + C


log(u/T^4) = C


と積分され、シュテファン・ボルツマンの法則


u=σT^4   (σ = e^C)


が導かれます。また


p=u/3=(σ/3)T^4,   U = uV=σVT^4


ですから、これより輻射のエントロピーは


dS = (1/T)(dU + pdV) = (1/T){σT^4+(σ/3)T^4}dV = (4σ/3)T^3dV


より


S=(4σ/3)VT^3


と求まります。


 一方、ヴィーンは、電磁波がゆっくりと動く完全反射面で反射される現象を電気力学で考察した後、一様に輻射で満たされた空洞の体積が準静的に断熱圧縮される場合、振動数 ν ごとの輻射エネルギー密度 uν を熱力学的な考察から計算しました。そして振動数νの輻射エネルギーの空間密度 uν の変化を与える方程式として、


V(∂uν/∂V) = (ν/3)(∂uν/∂ν) - uν


を見出しました。この微分方程式は


uν = (1/V)φ(ν^3V)


の形の解を持つことが知られています。実際、微分方程式の左辺が、


(∂uν/∂V) = (-1/V^2)φ + (ν^3/V)(∂φ/∂V)


V(∂uν/∂V) = (-1/V)φ + ν^3(∂φ/∂V)


であり、


(∂uν/∂ν) = (1/V)(∂φ/∂ν)3ν^2V = 3ν^2(∂φ/∂ν)


(ν/3)(∂uν/∂ν) = ν^3(∂φ/∂ν)


であることから、右辺は、


(ν/3)(∂uν/∂ν) - uν = ν^3(∂φ/∂ν)-(1/V)φ(ν^3V)


となり、解であることが示されます。ここで、φ は微分可能な任意関数で、ν^3V を変数とする関数ですから、改めて ν^3V の関数 ψ を用いて


φ(ν^3V) = ν^3V ψ(ν^3V)


と書けば、


uν = ν^3ψ(ν^3V)


となります。またこの過程は準静的な断熱過程ですから、エントロピーが不変に保たれますので、VT^3  が定数であることが分かります。この関係を用いて VT に書き換えると、変数 ν^3/T^3 の関数 χ を用いて、振動数 ν に対する輻射エネルギー密度は


uν = ν^3χ(ν^3/T^3)


となります。さらにここで得られた νT の関数としての輻射エネルギー密度 uνν の全ての値に渡って積分したとき、


u =∫0^∞ uν dν =∫0^∞ ν^3χ(ν^3/T^3) dν = T^4 ∫0^∞ (ν/T)^3χ{(ν/T)^3} d(ν/T)


ですから、定積分


0^∞ x^3χ(x^3) dx


が有限確定であれば、シュテファン・ボルツマンの法則が再現され、比例定数が


σ=∫0^∞ x^3χ(x^3) dx


で与えられます。


 以上の考察から、黒体輻射のエネルギー密度の問題は関数 χ を見出す問題となりました。レーリー・ジーンズ等、いろいろな関数が輻射公式として提案されることになります。そしてプランクが全振動数領域に渡って実験結果を再現する輻射公式を見出し、作用量子の発見に繋がりました。

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