1905 年の論文「運動物体の電気力学」 A 運動学の部(その6)
『特殊相対性原理』と『光速度不変の原理』の2つの基本原理に従えば、運動している物体は運動方向に収縮し、運動している時計は遅れるという結果に導かれました。さらに速度を加え合わせることについても、単純な和にはならないことが示されています。
5 速度の加法定理
という節を読みます。
静止系 K 系の X 軸に沿って速度 v で移動している運動系 k 系に対して運動する点を考察します。これまでと同様に静止系 K 系と運動系 k 系は静止系 K 系の時刻 t = 0 に3つの座標軸が重なっており、そのとき運動系の k 系の時刻も τ = 0 に調整されているとします。従って、第3節で求めた静止系 K 系から運動系 k 系への変換式を利用できるものとします。
さて、その点は運動系 k 系の時刻 τ において座標値その点は運動系 k 系の時刻 τ において座標値
ξ = wξτ, η = wητ, ζ = 0
を占めるものとします。ここで、wξ,wη は定数です。
静止系 K 系に対するこの点の運動を求めてみます。第3節で導出した変換式
ξ = β(x - vt)
η = y
ζ = z
τ = β{t - (v/V^2)x}
を用いると
β(x - vt) = wξβ{t - (v/V^2)x}
x - vt = wξt - (wξv/V^2)x
(1 + wξv/V^2)x = (v + wξ)t
となり、
x = {(v + wξ)/(1 + wξv/V^2)}t
を得ます。
y = wηβ{t - (v/V^2)x} = wηβ{1 - (v/V^2)(v + wξ)/(1 + wξv/V^2)}t
= wηβ[{(1 + wξv/V^2) - (v/V^2)(v + wξ)}/(1 + wξv/V^2)]t
= wηβ[{1 - (v/V)^2}/(1 + wξv/V^2)]t
= [√{1 - (v/V)^2}/(1 + wξv/V^2)]wηt
そして
z = 0
となります。この理論では、速度ベクトル (w_ξ,w_η,0) と (v,0,0) はそれまでの運動学のベクトルの和法則を満たしていないことが分かります。ここで、静止系 K 系での点の速度を評価するために、dz/dt = 0 であることに注意して
U^2 = (dx/dt)^2 + (dy/dt)^2
w^2 = (wξ)^2 + (wη)^2
α=arctan (wη/wξ)
と置きます。α は2つの速度ベクトル v と w のなす角と考えることが出来ます。
wξ = w cos α, wη = w sin α
であることに注意して計算すると、
U^2 = {(v + wξ)/(1 + wξv/V^2)}^2 + [√{1 - (v/V)^2}/(1 + wξv/V^2)]^2(wη)^2
= [(v + wξ)^2 + {1 - (v/V)^2}(wη)^2]/(1 + wξv/V^2)^2
= {v^2 + 2vwξ + (wξ)^2 + (wη)^2 - (vwη/V)^2}/(1 + wξv/V^2)^2
= {v^2 + w^2 + 2vwξ - (vwη/V)^2}/(1 + wξv/V^2)^2
= {(v^2 + w^2 + 2vw cos α) - (vw sin α/V)^2}/(1 + vw cos α/V^2)^2
となり、
U = √{(v^2 + w^2 + 2vw cos α) - (vw sin α/V)^2}/(1 + vw cos α/V^2)
という結果を得ます。こうして得られた速度の式には速度ベクトル v と w が対称的に入っていることは注目すべきことです。つまり静止系 K 系に対する方向には依存せず、互いの位置関係だけに依存するということです。今、速度ベクトル w の方向を Ξ 軸方向、従って X 軸方向に選ぶと、α = 0 ですから、
cos α = 1, sin α = 0
となり、静止系 K 系での点の速度
U = (v + w)/(1 + vw/V^2)
を得ます。
この式は、V より小さな2つの速度を合成する式とみなせますが、結果として得られる速度は、つねに V より小さいことが分かります。
κ と λ を V より小さい正の値として
v = V - κ, w = V - λ
とすると、
U = (2V - κ - λ)/{1 + (V^2 - κV - λV + κλ)/V^2}
= V^2(2V - κ - λ)/(2V^2 - κV - λV + κλ)
= V(2V - κ - λ)/{(2V - κ - λ) + κλ/V}
となり
2V - κ - λ < (2V - κ - λ) + κλ/V
であることから
(2V - κ - λ)/{(2V - κ - λ) + κλ/V} < 1
となって
U < V
が示されます。
また、光速度 V に、“光速度より小さい速度”を加えても、光速度は変わりません。この場合、
U = (v + w)/(1 + vw/V^2)
で、v = V と置くと
U = (V + w)/(1 + w/V) = V
となります。
さらには、v と w の向きが同じ場合には、第3節で考察された座標間の変換式に従って、この変換を組み合わせることで U に対する式が得られます。第3節で考察された静止系 K 系と運動系 k 系に加えて第3の系 k' 系を導入します。静止系 K 系の X軸、Y軸、Z軸、運動系k 系の Ξ 軸、Η 軸、Ζ 軸、第3の系の Ξ' 軸、Η' 軸、Ζ' 軸はそれぞれ互いに平行で、運動系 k 系は静止系 K 系に対して X 軸の正の方向に速度 v で移動し、第3の系 k' 系は運動系 k 系に対して Ξ 軸の正の方向に速度 w で移動しているものとします。静止系 K 系の (x,y,z,t) の量を運動系 k 系の (ξ,η,ζ,τ) に変換する式は、
ξ = β(v)(x - vt)
η = y
ζ = z
τ = β(v){t - (v/V^2)x}
で与えらるものとします。ここで
β(v) = 1/√{1 - (v/V)^2}
と書いています。すると運動系 k 系の (ξ,η,ζ,τ) の量を第3の系 k' 系の (ξ',η',ζ',τ') に変換する式は、
ξ' = β(w)(ξ - wτ)
η' = η
ζ' = ζ
τ' = β(w){τ - (w/V^2)ξ}
で与えられることになります。このとき、静止系 K 系の (x,y,z,t) の量を第3の系 k' 系の (ξ',η',ζ',τ') に変換する式を求めてみます。
ξ' = β(w)[β(v)(x - vt) - wβ(v){t - (v/V^2)x}]
= β(v)β(w)[{1 + (vw/V^2)}x - (v + w)t]
= β(v)β(w)(1 + vw/V^2)[x - {(v + w)/(1 + vw/V^2)}t]
となりますが、
β(v)β(w)(1 + vw/V^2) = (1 + vw/V^2)/√{1 - (v/V)^2}{1 - (w/V)^2}
= 1/√{1 - (v/V)^2}{1 - (w/V)^2}/(1 + vw/V^2)^2
= 1/√{1 - (v^2 + w^2)/V^2 + v^2w^2/V^4}/(1 + 2vw/V^2 + v^2w^2/V^4)
= 1/√{1 + 2vw/V^2 - (v^2 + w^2)/V^2 + v^2w^2/V^4 - 2vw/V^2}/(1 + 2vw/V^2 + v^2w^2/V^4)
= 1/√[(1 + 2vw/V^2 + v^2w^2/V^4)/(1 + 2vw/V^2 + v^2w^2/V^4)
- {(v^2/V^2 + w^2/V^2) + 2vw/V^2}/(1 + 2vw/V^2 + v^2w^2/V^4)]
= 1/√[1 - {(v + w)^2/V^2}/(1 + 2vw/V^2 + v^2w^2/V^4)]
= 1/√[1 - {(v + w)/(1 + vw/V^2)}^2/V^2)] = β{(v + w)/(1 + vw/V^2)}
ですから、
ξ' = = β{(v + w)/(1 + vw/V^2)}[x - {(v + w)/(1 + vw/V^2)}t]
を得ます。そして
η' = y
ζ' = z
です。また同様の計算で、
τ' = β(w)[β(v){t - (v/V^2)x} - (w/V^2)β(v)(x - vt)]
= β(v)β(w){t - (v/V^2)x - (w/V^2)x + (vw/V^2)t}
= β(v)β(w){(1 + vw/V^2)t - (v + w)x/V^2}
= β(v)β(w)(1 + vw/V^2)[t - {(v + w)/(1 + vw/V^2)}x/V^2]
= β{(v + w)/(1 + vw/V^2)}[t - {(v + w)/(1 + vw/V^2)}x/V^2]
を得ます。
この変換式の形から、第3の系 k' 系は、静止系 K 系に対して X 軸の正の方向に速度 (v+w)/(1 + vw/V^2) で移動していることが分かります。つまり静止系 K 系から見れば、第3の系 k' 系の速度 w は運動系 k 系の速度 v と合成された
U = (v + w)/(1 + vw/V^2)
の速度で移動しているように見えるということです。
これらの結果は、v と w の向きが同じ場合から、同じ方向の場合に拡張できることから、アインシュタインは静止系 K 系から運動系 k 系のへの変換全体は群を構成すると述べています。群については改めてまとめることにします。
以上までで、『特殊相対性原理』と『光速度不変の原理』の2つの原理に対応する運動学が導かれました。アインシュタインは運動学の考察はここまでとし、いよいよ電気力学の考察に移ります。