1905年の論文「光の生成と変換に関する,ひとつの発見法的観点について」(その4)
前回無理矢理3月中の投稿をしましたので、満足のいく報告にはならなかったのですが、冷静に他の投稿と比較して読んでみれば今までと50歩100歩なので、よしとしてご批判に甘んじることにします。
さて、次は第2節
『2. プランクが求めた諸素量について』
です。アインシュタインはこの節でプランクが黒体輻射の理論で求めた諸素量はそれほどプランクの輻射公式に依存したものではないということを示したいと言っています。私はプランクの1900年の論文を読んでいませんので、いい加減なことは言えないのですが、ここでいうプランクの諸素量はプランクの輻射公式である
ρ_ν = αν^3/{e^(βν/T) - 1}
を用いて求められたものではないという主張のようです。ここで、
α = 6.10×10^(-56)
β = 4.866×10^(-11)
です。本文には無次元量として書かれていますが、cgs単位系を考えると、ρ_νは erg/cm^3・s であるあることからαの単位はs^2・erg/cm^3、指数関数の引数は無次元でなければならないことからβの単位はs/Kであると想像されます。
今、βν/T ≪ 1 として、プランクの輻射公式の分母の指数部分を展開して1次の項まで評価すると
e^(βν/T) ≒ 1 + βν/T
ですから
ρ_ν = (α/β)ν^2T
となり、前節で気体分子運動論から求められたエネルギー密度の式のνとTの依存性が同じであることが分かります。これはレイリー・ジーンズの輻射公式です。そこで
(R/N)(8π/L^3) = (α/β)
と等置すると
N = (β/α)(8πR/L^3)
となりますから、
α = 6.10×10^(-56) s^2・erg/cm^3
β = 4.866×10^(-11) s/K
に加えて
気体定数 R = 8.31×10^7erg/(K・mol)
光速度 L = 29979245800 cm/s
を用いると
N = 6.17×10^23
と算出できることになります。これによって水素原子の1グラム当量が1gであることから、1個の水素原子の質量は
(1/N)g=1.62×10^(-24)g
と求めることができ、アインシュタインはこれはまさしくプランクによって得られた値であり、その他の方法で求められた値とも満足のいく一致を示していると述べています。しかしアインシュタインのこのことに対する評価はとても冷静で、得られた結論は
放射のエネルギー密度と波長の値が大きければ大きいほど,これまで用いられていた理論的基礎でうまくいく.しかし,波長が短く,放射(のエネルギー)密度が小さいときには,それらの理論的基礎ではまったくうまくいかなくなる.
と言うことだと述べています。つまりアインシュタインの考えでは放射の波長が短く、エネルギー密度が小さい領域では、何か新しい理論的基礎が必要だと述べていることになります。そこでアインシュタインは
放射の放出と伝搬についていかなるモデルも立てず,実験的事実とともに“黒体放射”について考察しよう.
と提唱して、以下の第3節に議論を進めています。
そこで第3節
3. 放射のエントロピーについて
を読みます。アインシュタインはこの節はヴィーンの研究によるものであるとして、
単に議論を完備にするために
として黒体輻射の熱力学的考察をまとめています。
先ず空間の体積 V を放射が占めているとします。そして放射のエネルギー密度ρ(ν)が放射のすべての振動数νについて与えられていれば、この放射の観測可能な性質か完全に特定できるものと仮定します。振動数の異なる放射は、互いに仕事をしたり熱を加えたりすることなく分離できると考えると、放射全体の系は振動数ごとの系の集まりであると考えられます。従って全放射のエントロピーは振動数ごとの部分系のエントロピー密度 φ(ρ,ν) の和
S = v ∫_0^∞ φ(ρ,ν) dν
で与えられることになります。
ところで黒体放射のエネルギー密度は、放射のエントロピーが最大となることによって特徴付けられるはずです。従ってある与えられたエネルギーが与えられた場合、エネルギー密度ρの全ての任意の変化に対して、
δS = 0
となるはずです。
そこでエネルギー密度の変化が各振動数ごとのエネルギー密度の変化であると考えると拘束条件としてエネルギー
∫_0^∞ ρ dν = 一定
つまり
δ∫_0^∞ ρ dν = 0
のものとで、ρの変分に対して
δ∫_0^∞ φ(ρ,ν) dν = 0
でなければならないことになります。λを定数としてラグランジュの未定乗数法によれば
δ{∫_0^∞ φ(ρ,ν) dν - λ∫_0^∞ ρ dν} = 0
∫_0^∞ (∂φ/∂ρ)δρ dν - λ∫_0^∞ δρ dν = 0
∫_0^∞ {(∂φ/∂ρ) - λ}δρ dν = 0
となります。従って
(∂φ/∂ρ) = λ
となることから、
(∂^2φ/∂ν∂ρ) = 0
が従い、黒体放射では∂φ/∂ρがνに依存しないことが分かります。
ここで黒体放射が空間に占める体積vを単位体積にとり、温度がdTだけ上がったとします。v = 1 なので、
dS = d∫_0^∞ φ(ρ,ν) dν = ∫_0^∞ (∂φ/∂ρ) dρdν
ここで ∂φ/∂ρ は ν に依存しないので、
dS = (∂φ/∂ρ) d∫_0^∞ ρdν
と書き換えると、黒体放射の全エネルギーを E として
dS = (∂φ/∂ρ) dE
を得ます。黒体放射は体積が一定であるとすれば仕事を受けないので、dE は外界から流入した熱量に等しくなります。外界に熱が流出しても同じで、この過程は可逆的ですから熱力学の第1法則によって
dS = (1/T)dE
と書けます。これより
(∂φ/∂ρ) = (1/T)
を得ます。こうして黒体放射を熱力学に従う系として扱ってエントロピー密度の法則を導くことが出来ました。アインシュタインは逆にこの黒体放射の法則から、ρ=0のときφが0になることを考慮して積分を行うことでエントロピー密度φを求めることが出来ると述べています。