アルベルト・アインシュタインの論文を読む

アインシュタインの論文に関する独断と偏見に満ちた読後報告です。

1905年の論文「光の生成と変換に関する,ひとつの発見法的観点について」(その7)

 いよいよ標記論文の第6節

6. 単色放射のエントロピーの体積依存性を表す式につての,ボルツマン原理に基づく解釈

を読みます。有名な光量子仮説が登場します。アインシュタインは標記論文の第4節で単色放射のエントロピーの体積依存性について


S - S_0 = (E/βν) ln (v/v_0)


という式を得ていました。ここではさらに後の議論のために対数の性質を利用して


S - S_0 = (R/N) ln (v/v_0)^(E/βν)(N/R)


と書き換えています。この式を前節の計算結果と比較すると、(E/βν)(N/R) を点の個数と解釈することも可能であることが分かります。アインシュタインはここで振動数 ν、エネルギー E の単色放射が反射癖によって体積 v_0 に閉じ込められた系を考察しています。任意に選んだ時刻に全放射エネルギーが体積 v_0 の中の体積vに集合している状態を考え、その確率 W を、一般的な式として得られたボルツマンの原理


S - S_0 = (R/N) ln W


と上で書き換えた式を比較して、


W = (v/v_0)^(E/βν)(N/R)


と見做しました。


 さて、アインシュタインは第2節で

放射のエネルギー密度と波長の値が大きければ大きいほど,これまで用いられていた理論的基礎でうまくいく.しかし波長が短く,放射密度が小さいときには,それらの理論的基礎ではまったくうまくいかなくなる.

と述べています。つまり T/ν≫1 のとき、すなわち波長が長く、放射密度が大きいときはレイリー・ジーンズの輻射公式が実験を良く再現し、ν/T≫1 のとき、すなわち波長が短く波長が短く、放射密度が小さいときはヴィーンの輻射公式が実験を良く再現するという事実からヴィーンの輻射公式がうまくいく新しい理論的基礎が必要であることを示唆していました。このことに関してアインシュタインがひとつの結論として

密度の低い(ヴィーンの放射式が成り立つ範囲の)単色放射は,熱力学的には、大きさRβν/N,互いに独立なエネルギー量子から成り立っているように振る舞う.

と述べています。これが有名な光量子仮説で、Rβ/N はプランク定数に相当する量です。


 アインシュタインは次に、黒体放射のエネルギー量子のエネルギーの平均値と1個の分子の重心運動の運動エネルギーの平均値を同じ温度で比較しています。後者については気体分子運動論のエネルギー等分配則からその値が


(3/2)k_BT=(3/2)(R/N)T


であることが分かっています。一方、黒体放射のエネルギー量子については、ヴィーンの輻射公式から全ての振動数についての全エネルギーは積分領域を 0 から として


∫ ρ_ν dν = ∫ αν^3 e^(-βν/T) dν


で求められます。また、振動数が ν から ν+dν の間のエネルギー量子の個数はエネルギー密度 ρ_ν をエネルギー量子の大きさ Rβν/N で除して


ρ_ν/(Rβν/N) = (αNν^2/Rβ) e^(-βν/T)


で与えられることからエネルギー量子の総数は同じく積分領域を 0 から として


∫ ρ_ν/(Rβν/N) dν = ∫ (αNν^2/Rβ) e^(-βν/T) dν


で求められます。従って


∫ ρ_ν dν/∫ρ_ν/(Rβν/N) dν


を計算すれば、エネルギー量子の平均エネルギーが算出できます。部分積分によって


∫ ρ_ν dν = ∫αν^3 e^(-βν/T) dν = α∫ ν^3 e^(-βν/T) dν


= α[ν^3(-T/β)e^(-βν/T)]-α∫3ν^2(-T/β)e^(-βν/T)dν


= αν^3(-T/β)e^(-βν/T)|_∞ - αν^3(-T/β)e^(-βν/T)|_0 + (3αT/β) ∫ ν^2 e^(-βν/T) dν


= (3αT/β) ∫ ν^2 e^(-βν/T) dν


また計算すべき式の分子が


∫ρ_ν/(Rβν/N)dν=∫(αNν^2/Rβ) e^(-βν/T) dν=(αN/Rβ)∫ν^2 e^(-βν/T)dν


であることから、


∫ρ_ν dν/∫ρ_ν/(Rβν/N)dν=(3αT/β)/(αN/Rβ)=3(R/N)T


がエネルギー量子の平均エネルギーであることが分かります。


 ここで、アインシュタインは、密度が十分に小さい単色放射が、そのエントロピーの体積依存性に関して、Rβν/N の大きさのエネルギー量子からなる不連続なものの集まりであるかのように振る舞うという結論を得て、さらに光の発生と変換についての法則もまた光がエネルギー量子で出来ているかのうような作りになっているかどうかを調べるべきだと提言しています。そして以降の第7節、第8節、第9節ではこの問題について考えていくことを宣言しています。そこで、続けて第7節

7. ストークスの法則について

を読みます。単色光が光ルミネッセンスによって別の振動数の光に変換されることを考えます。ルミネッセンスとは物質が外部からのエネルギーを受けて励起され、その後熱エネルギーとしてエネルギーを放出することなく、受け取ったエネルギーを光として放出する現象をいいます。蛍光や燐光などが光ルミネッセンスに当たります。


 アインシュタインは第6節で、ヴィーンの輻射公式が良く成り立っている波長領域では光を大きさ (R/N)βν エネルギー量子の集まりであるとの知見を得ていました。ここでは光ルミネッセンスの入射光と放出光がともにエネルギー量子からなると仮定します。そして光の変換プロセスが次のように解釈できるとしています。少なくとも入射するエネルギー量子の密度が十分に小さければ、振動数 ν_1 の入射エネルギー量子が吸収され、個々のエネルギー量子が振動数 ν_2 の光のエネルギー量子を生成することになります。このとき入射する光のエネルギー量子が吸収されて、振動数ν_2の光のエネルギー量子と同時にいくつかの振動数ν_3ν_4、・・・の光のエネルギー量子が生成されたり、熱などの別種のエネルギーが生じたりすることがあっても構わないとします。つまりどんな中間過程を経たとしても振動数 ν_2 の光のエネルギー量子が生成されるという最終的な結果に至るのであれば何の問題も無いと述べています。この光変換機構では、光ルミネッセンスを示す物質が、恒常的なエネルギー源でないとすると、エネルギー保存則から放出されたエネルギー量子のエネルギーは入射したエネルギー量子のエネルギーよりも大きくはなり得ない事になります。従って


(R/N)βν_2 ≦ (R/N)βν_1


すなわち


ν_2 ≦ ν_1


が結論されます。これは光ルミネッセンスに関するストークスの法則です。これはルミネッセンスは光のエネルギー量子の変換過程で、エネルギー保存則から従う法則であると考えることが出来ることを示唆するものです。しかしアインシュタインはこの考え方によってもストークスの法則からのずれが生じると考えられる場合があることを指摘して二つの可能性を上げています。

  1. 同時に変換される,単位体積あたりのエネルギー量子が非常に多いため,放出されるエネルギー量子が,いくつもの入射エネルギー量子からエネルギーを受け取ることが可能である場合.
  2. 入射光(または放出光)のエネルギー分布が,ヴィーンの法則が成り立つ範囲内では,“黒体放射”と同じではない場合.たとえば,入射光を生み出した物体が,ヴィーンの法則が当該の波長でもはや成り立たないほど高温である場合など.

そして2番目の可能性が特に注目するに値すると述べています。その理由として、アインシュタインがこの論文で論述してきた解釈によれば、“非ヴィーン放射”、つまりエネルギー密度が高く波長が大きい場合の黒体放射が、放射のエネルギー密度が非常に低い場合に放射のエネルギーということでは、ヴィーンの法則が成り立つ範囲の“黒体放射”とは異なる振る舞いするとうこともありえないことではないと述べています。

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