アルベルト・アインシュタインの論文を読む

アインシュタインの論文に関する独断と偏見に満ちた読後報告です。

1905年の論文「光の生成と変換に関する,ひとつの発見法的観点について」(その8)

  アインシュタインが、光がエネルギー量子から出来ているとしたときに着目した光の発生と変換の2つ目の法則は、光電効果です。そこで第8節

8. 固体への光照射による陰極線の発生について

を読みます。アインシュタインはこの節で光量子仮説によって光電効果を解明し、このことがノーベル賞受賞の切っ掛けとなりました。


 アインシュタインは先ず、光のエネルギーは、光が伝わる空間全体に連続的に広がっているというのが普通の考え方だと述べています。電気力学では光は電磁波であり、そのエネルギーは空間に分布していると考えられます。しかしこの考え方では、光電現象の説明で重大な困難に直面すると指摘しました。このことはレナルトの先駆的な論文で論じられているのだそうですが、私はレナルトの論文は読んでいません。


 アインシュタインは、入射光が大きさ (R/N)βν のエネルギーを持つエネルギー量子からなるという観点に立って、光量子仮説に基づく光電現象の説明を試みています。アインシュタインはまずエネルギー量子が固体の表面層に侵入し、そのエネルギーの少なくとも一部が、電子の運動エネルギーに変換されると考えました。そのもっとも簡単な場合として、1個のエネルギー量子がそのすべてのエネルギーを1個の電子に与えるプロセスを仮定し、しかし、電子が光量子のエネルギーの一部だけを受け取るという可能性も排除しないで考察をしています。


 光量子が固体に侵入し、固体の深部にあった電子が光量子のエネルギーを受け取って運動エネルギーとして使い、固体の表面まで辿り着くとすると、その間に運動エネルギーの一部が失われると考えられます。また電子が固体から飛び出すにはその固体の特性に応じたある大きさ P の仕事をしなければならないと考えられます。そこで固体から飛び出す電子が最大速度になる場合を評価してみます。固体の深部で光量子を受け取った電子は表面まで移動するのに必要な運動エネルギーを消費しますから、同じ振動数の光量子を受け取る場合には表面付近の電子の方がより速い速度で固体を飛び出すと考えられます。従って固体表面で光量子からエネルギーを受け取って固体表面から垂直に打ち出される電子が、垂直方向の速度が最大になると考えられ、その電子の運動エネルギーは


(R/N)βν - P


となります。


 ここで固体は正電荷を与えられて正のポテンシャル Π を持ち、その周囲をポテンシャル 0 の導体に取り囲まれているとします。ここで Π の大きさを評価するために、このポテンシャルの大きさは固体から電子が失われるのを丁度阻止できるだけの大きさであると仮定します。すると電子の負電荷は正のポテンシャルから引力を受けますので、電子の運動エネルギーが丁度消費されてしまうには電子の電気量をεとして


Πε=(R/N)βν-P


でなければなりません。この式は1個の電子についての式なので、この式から実験的に検証できる式を考えます。両辺にアボガドロ数 N を乗じて


ΠεN=Rβν-PN


ΠE=Rβν-P'


と書き換えておきます。するとエネルギー保存則の立場に立てば、E=εN は1価のイオン1グラム分子あたりの電気量、Rβν は1価のイオン1グラム分子あたりの運動エネルギー、P' は1価のイオン1グラム分子あたりの負の電荷のポテンシャルエネルギーと見做すことが出来ます。ここで


E=9.6×10^3


とおくと、固体が真空中で光を照射されたときに獲得するポテンシャルが Π・10^(-8) ボルトであると述べていますが、この部分については分かりません。またアインシュタインは導かれた関係


ΠE=Rβν-P'


が実験結果と桁が合うかどうかを見るために


P'=0,    ν=1.03×10^15


と選び、プランクの結果


β=4.866×10^(-11)


を用いて、


Π・10^7=4.3ボルト


という結果を得ています。ここで ν は紫外線の波長 100nm ~ 300nm で可視光線に最も近い紫外端の紫外線を選んでいるものと思われます。しかしこれも一体どのような計算が為されたのかよく分かりません。そしてこの結果はレナルトが実験的に得た結果と桁が合っていると述べています。


 アインシュタインは、光電効果を光量子仮説によって理解しようとすることはレナルトによって観測された光電効果の特性と矛盾をしないと述べています。光量子仮説によれば、入射光の強度について以下のような予測が可能です。固体から飛び出してくる電子の速度はポテンシャル障壁を乗り越えたときに持っている運動エネルギー


(R/N)βν - P


で決まるので、νP に依存しているものの全てのエネルギー量子の中で特定のものだけが電子にエネルギーを与えるとすれば、その速度分布は照射される入射光の強度には依存しないはずです。また、特定のエネルギー量子の数が多ければ多いほど、ポテンシャル障壁を乗り越えるだけの運動エネルギーを持つ電子の数は多くなるはずで、入射光の強度に比例するはずです。しかし、特定のエネルギー量子が吸収されたり、放出される電子の数が入射光の強度に比例したりするという予測は光ルミネッセンスの場合と全く同じなので、ここでも前節で述べたストークスの法則からのずれに相当することが起きる可能性についても言及しています。


 さて、ここまでは入射光のエネルギー量子の一部が各々のエネルギーを丸ごと1個の電子に与えるという仮定の下に考察を進めてきました。この仮定をおかずに、もしもエネルギー量子のエネルギーの一部が電子に与えられるとすると、これまでに得た等式は不等式に書き換えられます。電子が光のエネルギー量子から全エネルギーを受け取っているとしたときにポテンシャル Π を評価した式


Πε = (R/N)βν - P


を、


Πε + P = (R/N)βν


と書けば、電子が固体から飛び出すのに必要な仕事 P と電子を固体に引き留めておくのに必要なポテンシャル Π の和の大きさは、電子が光のエネルギー量子のエネルギーの一部を受け取っているとすれば


Πε + P ≦ (R/N)βν


と評価されることになり、アボガドロ数 N を乗じて


ΠE + P' ≦ Rβν


を得ることになります。


 ここでアインシュタインは今まで論じてきた過程の逆過程を考えています。これを紫外線ルミネセンスと呼んでいますが、光ルミネセンスが光のエネルギーを得て光を放出するのに対応して、陰極線のエネルギーを得て光を放出する現象であると思われます。この場合、固体から放射される光のエネルギー量子のエネルギー (R/N)βν は、電子が固体内に侵入して失うエネルギー Πε + P を越えることはないので、


Πε + P ≧ (R/N)βν


つまり


ΠE + P ' ≧ Rβν


が成り立つことになります。そしてアインシュタインは、レナルトが実験で調べた物質では、陰極線が可視光を発生させるためには数百ボルトから数千ボルトと電位差を乗り越えなければならないことが判明しているので、光電効果の場合数ボルトであることと上の式からすれば、ポテンシャルエネルギー ΠE は光量子の Rβν よりもかなり大きいと結論づけています。従って1個の電子の運動エネルギーで、光のエネルギー量子が多数生成することになると述べています。


 アインシュタインが、光がエネルギー量子から出来ているとしたときに着目した光の発生と変換の3つ目の法則は、紫外線による気体のイオン化です。そこで続けて第9節

9. 紫外光による気体のイオン化について

を読みます。アインシュタインは、紫外光のエネルギー量子による気体のイオン化については、エネルギー量子ひとつで気体分子ひとつをイオン化すると考えました。分子のイオン化エネルギーは、分子をイオン化するために理論上必要とされる仕事は、分子のイオン化を起こすだけの大きさのエネルギーをもつ吸収された光量子のエネルギーよりも大きくはないはずです。従って1グラム分子あたりの理論上のイオン化エネルギーを J とすると


(R/N)βν×N = Rβν ≧ J


が得られます。アインシュタインは、気体が空気である場合の最大の有効波長はおよそ 1.9×10^(-5)cm であるというレナルトの実験結果とプランクの結果


β = 4.866×10^(-11)


と気体定数


R = 8.31×10^7erg/(K・mol)


と光速度


L = 29979245800 cm/s


を用いてイオン化エネルギーの上限を


Rβν = 6.4×10^12 erg ≧ J


と算出しています。そしてこのイオン化エネルギーの上限は、希薄化された気体のイオン化ポテンシャルから得ることも出来ると述べています。J.シュタルクの実験結果によれば、気体が空気である場合に白金陽極を使って測定されたイオン化ポテンシャルの最小値は約10ボルトだそうです。アインシュタインはこの値を参照すると J の上限として 9.6×10^12 が得られ、この値は上で求められた Rβν の値と桁は一致していると述べています。


 この節の最後で、アインシュタインは吸収された光の量とイオン化された気体分子の数について言及しています。分子に吸収された光のエネルギー量子のおのおのが分子ひとつをイオン化するという仮定の下では、吸収された光の量 L をエネルギー量子 (R/N)βν で除したものはイオン化された分子の数 j を表します。従って


j = L/(R/N)βν


が成り立たなければなりません。論文にある式とは一致しないのですが、イオン化された分子のモル数が j であると考えると、両辺をアボガドロ数で除したものとして


j=L/Rβν


を得ます。アインシュタインは、もしエネルギー量子の考え方が正しければ、この振動数の光に対してイオン化を伴うような吸収をする全ての気体についてこの関係式が成り立たなければならないと指摘しています。


 アインシュタインのこの論文は、量子力学が建設される前の時代で、原子分子によって物質が構成されていることが完全に認められたわけではない時代の、エネルギー量子に関する仮説の論文です。プランクが黒体輻射の輻射公式に対してレイリー・ジーンズの輻射公式とヴィーンの輻射公式を繋いで、全ての波長領域でエネルギー密度の実験を再現する輻射公式を見つけ出し、それを輻射と熱浴のエネルギー交換がエネルギー量子の交換として行われるのを突き止めたのに対して、アインシュタインは当時理論的考察には有用な道具立てであった熱力学と気体分子運動論を使って考察を行い、ボルツマンの原理に照らしてエネルギー量子になんとなく到達したことが想像できました。

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