アルベルト・アインシュタインの論文を読む

アインシュタインの論文に関する独断と偏見に満ちた読後報告です。

1905年の論文「運動物体の電気力学」 A 運動学の部(その1)

 なんとか序論は読み終えました。次はいよいよ本論です。標記論文の A 運動学の部を読んでいきます。


 アインシュタインは

1 同時性の定義

という節で、座標系に対する詳細な考察を経て2つの時計の同期を定義しています。


 先ず『静止系』と呼ばれる座標系を導入します。この座標系はニュートンの力学方程式が成り立つ座標系です。現在では『慣性座標系』と呼ばれてます。この座標系で力学現象を考察する場合には、ニュートンの慣性の法則、運動の法則、作用反作用の法則が成立すると仮定するということです。後に、この座標系に対して一様な速度で移動する別の座標系を導入することになるので、便宜上『静止系』と名付けられています。


 さて、ここで1個の粒子を考え、この粒子を『静止系』から見ると静止しているものとします。


 一般に直交座標系の粒子の空間的な位置を特定するには、剛体の物差しを用いてユークリッド幾何学の方法で、座標原点からの縦、横、高さを特定するということになります。つまりはこの時代はニュートンに従って空間はユークリッド幾何学が成り立つとして計量可能であることが暗に仮定されています。後の時代では、アインシュタインの標記論文に始まる特殊相対性理論が徐々に認められるようになり、さらにヘルマン・ミンコフスキーによって時間と空間を合わせた時空という不定形量の4次元空間を考えるようになります。ユークリッド幾何学がユークリッド空間での並進、回転、反転の運動群に対して不変な性質を見いだすものであるように、時空であるミンコフスキー空間での、並進、ローレンツ変換、反転を運動群に対して不変な性質を見いだすものへと拡張されます。こうしてアインシュタインは慣性座標系を極めます。そしてさらに慣性の法則に拘り続けたアインシュタインは、マルセル・グロスマンの協力で慣性座標系を局所化し、等価原理を見出して、ついに幾何学を擬リーマン幾何学へと拡張し、アフィン接続こそ重力場であると主張して特殊相対性理論を一般相対性理論へと発展させていくことになります。そしてその考察は統一場理論へと向かうのですが、アインシュタインがその完成を見ることはありませんでした。現在では電磁場も核力の場も接続であることが理解されています。ゲージ理論によって基本相互作用について統一的な理解が進んでいます。


 話を1個の粒子の記述に戻します。粒子の運動学とは、粒子が占めている空間的な位置の座標値を時間の関数として与えることを言います。しかしアインシュタインはこうした数学的記述が物理学的な意味をもつためには『時間』と言う言葉の内容が明確でなければならないと主張します。時々刻々の粒子の位置を知ることで運動を記述するという場合、私達は粒子の座標値が時間の関数であることの意味を余り意識せずに受け入れていがちです。多くの場合、私達は何らかの変化から時間の経過を知ることが多いのですが、何も考えずに、その定義域と値域を逆転させていることに思い当たります。アインシュタインはその点を注意深く考察しました。当然のことだと思います。


 アインシュタインは、時間が何らかの役割を果たすような私達の判断というものはすべて出来事の同時性に関する判断だとして、列車の到着を例にそのことについての見解を述べています。私達がある時刻に列車が到着すると言う場合、それは私達が持っている時計の針が到着時刻を指すという出来事と、列車が到着するという出来事が同時に起こるという意味だと述べています。粒子の運動学で言えば、粒子がある時刻にある位置を占めると言うこと、粒子の位置を時間の関数として表現するという意味は、粒子が特定の値の座標点に存在するという出来事と、時計が特定の時刻を指し示すという出来事が同時に起こるということです。


 アインシュタインは、このことを深く考え抜いて、『観測』ということにまで考察を推し進めます。上の考察から『時間』の定義という問題は、特定の時計の針が指し示す時刻で置き換えることが出来そうに思えます。時計が置かれている場所だけのために時間を定義するのであれば、この定義で十分だとアインシュタインは述べています。ですが、異なる場所で一連の出来事が起こり、それらの出来事に時間順序をつけなければならないときや、時計から離れた場所で起こる出来事の前後関係を知ろうとするときには、この定義では不十分だとも述べています。


 そして出来事が起こった時刻を知る方法を次のように提案しています。座標系原点に時計を持った観測者を置きます。時刻を指定しなければならない出来事が起こったとき、そのことを光の信号を使って観測者に知らせます。信号を受け取った瞬間、観測者は手元の時計で時刻を読み取り、その出来事の時刻として指定します。しかし、この方法では、時計を持った観測者がいる場所によっては、割り振られる時刻の前後関係が変わってしまうようなことが起きる難点があることが、経験から分かるとも述べています。そこでもっと実用的な方法を提案しています。私は実際読んでみて、実用的な方法だとは思いましたが、使用する時計と観測者の数が尋常ではないので、実際実行するのは現実的ではないと感じました。


 アインシュタインは、先ず観測者の役割について述べています。空間内の A 点に時計を置きます。そして、A 点付近で起こった出来事の時刻は A 点にいる観測者が、出来事が起こったと同時にその時刻を記録することにします。これは列車の到着の例で使った私達が持っている時計という考え方を一般化したものです。ですから少なくとも A 点だけの時間は定義できました。そして空間内の異なる B 点にも A 点で用いたものと全く同じ構造、同じ性能を持つ時計を置き、観測者も配置して、B 点付近で起きた出来事の時刻を記録することにすれば、B 点だけの時間が定義できることになります。こうして空間内の場所場所に時計と観測者を配置すれば、出来事が起こった時刻を記録することが可能になるわけです。そしてここで、

しかし,A 点で起こった出来事の時刻と, B 点で起こった出来事の時刻とを比較比較するためには,さらに規則を設けなければならない.

と注意を喚起した上で、時計の同期ということを提唱します。空間内の場所場所に同じ構造、同じ性能の時計を配置しましたから、例えば、A 点での『A 時間』、B 点での『B 時間』、等は定義されました。ですが、A 点と B 点にとって『共通の時間』とは何かを定義していません。場所場所の時計は等しい間隔で秒を刻んではいますが、それぞれの時計の時刻を合わせることは出来ていないということです。


 ここで時刻合わせのためにひとつの仮説を導入します。光が A 点から B 点まで進むのに要する時間と、B 点から A 点まで進むのに要する時間とが等しいのは自明であるという仮説です。一様性と等方性を備えた真空中の空間で一つの方向の光の伝搬速度は向きによらないとの仮説です。しかも光の速度の値については何も触れていません。一方向の向きによらないことだけに言及しています。この仮定の下に、光が A 点の時計の時刻 tA に A 点を出発して B 点に向かい、B 点 の時計の時刻 tB に B 点で反射されてふたたび A 点に向かい、A 点の時計の時刻 t'A に A 点に戻るとき、もしも


tB - tA = t'A - tB


が成り立つならば、これら2つの時計は同期していると定義しました。そしてこの2つの時計の同期の定義には矛盾がないものと考えて良いとしています。さらに多くの時計を考えても矛盾はないとして良いとしています。そして同期している時計について一般的に次のような関係が成り立つと述べています。

  1. B 点の時計が A 点の時計と同期しているとき,A 点の時計は B 点の時計と同期している.
  2. A 点の時計が B 点の時計と同期しており、C 点の時計とも同期しているなら,B 点の時計と C 点の時計も同期している.

もしこの関係を反射律、対称律、推移律のように

  1. A 点の時計は A 点の時計に同期している。
  2. A 点の時計が B 点の時計と同期しているとき、B 点の時計は A 点の時計と同期している。
  3. A 点の時計が B 点の時計と同期していて、B 点の時計が C 点の時計と同期しているなら、A 点の時計と C 点の時計は同期している。

と書けば、時計の同期という関係は、ひとつの座標系に使われる時計全体の集合の同値関係であることが分かります。


 このようにして、想像上の物理実験を行うことにより、別々の場所に置かれて互いに他に対して静止している時計が同期しているということが定められました。そして

それにより当然のことながら,“同時”と“時刻”を定義したことになる.ある出来事の“時刻”とは,その出来事が起こった場所で静止した時計の針の位置を,出来事が起こると同時に読みとった値であり,その時計は,あらゆる時刻測定に関して,ある特定の静止した時計と同期している.

と述べられています。こうすることで、ニュートンの力学方程式が成り立つ直交座標系のすべての座標点に、同じ構造、同じ性能の時計を配置して、基準となる時計と同期させることで、『静止系』を使って出来事が起きた場所と時刻を知ることが出来るようになります。


 粒子の運動を記述するとき、その粒子の座標の値を時間の関数として与えるというときの独立変数の時間は、粒子が占めている位置で座標がある値を取るという出来事起こると同時に読み取ったその位置の時計の時刻であるということです。


 この節の終わりに、アインシュタインは真空中の光の速度について言及しています。同期の定義のところで述べられているように、A 点と B 点の間を光が往復した距離を、その光が伝搬に要した時間で除したものが光の速度 V であるとし、経験によって普遍定数とすることが述べられています。そして再度強調されていることがあります。『静止系』で時間を定義するために用いられたのは、『静止系』に対して静止している時計であるということです。そしてここで定義した時間は『静止系』に準拠しているので、この時間のことを『静止系の時間』と呼ぶことにするとしています。


ここからアインシュタインの問題意識は、座標系に対して運動している時計へと向うことになります。

×

非ログインユーザーとして返信する