アルベルト・アインシュタインの論文を読む

アインシュタインの論文に関する独断と偏見に満ちた読後報告です。

1905年の論文「分子の大きさを求める新手法」(その10)

 液体と剛体球が不均一に混じりあった混合物の変形速度テンソルから混合物の膨張運動の主軸の値を求め、それから混合物の粘性係数を計算しようとしていました。ということで標記論文の第2節

2. 不規則に分布する小球がきわめて多数浮かんでいる場合に,液体の粘性係数を求める

の続きを読んでいくことにします。


u_ν = -{5P^3/2(ρ_ν)^5}ξ_νJ_ν


v_ν = -{5P^3/2(ρ_ν)^5}η_νJ_ν


w_ν = -{5P^3/2(ρ_ν)^5}ζ_νJ_ν


の微分 ∂u_ν/∂x_ν,∂v_ν/∂y_ν,∂w_ν/∂z_ν を原点 (0,0,0) で計算します。


J_ν=A(ξ_ν)^2 + B(η_ν)^2 + C(ζ_ν)^2


ξ_ν = x- x_ν,   η_ν = y - y_ν,   ζ_ν = z - z_ν


ρ_ν = √{(ξ_ν)^2 + (η_ν)^2 + (ζ_ν)^2}


ですから、原点 (0,0,0) における混合物の膨張運動の主軸の値は、


A* = A - Σ_ν (∂u_ν/∂x_ν)_0


B* = B - Σ_ν (∂v_ν/∂y_ν)_0


C* = C - Σ_ν (∂w_ν/∂z_ν)_0


で与えられます。添え字 0 は原点での関数値を示します。しかも、u_ν,v_ν,w_ν


ξ_ν = x - x_ν,η_ν = y - y_ν,ζ_ν = z - z_ν


の関数でしたから、u_ν,v_ν,w_ν で、x = 0,y = 0,z = 0 とおいて


(u_ν)_0 = {5P^3/2(r_ν)^5}x_ν{A(x_ν)^2 + B(y_ν)^2 + C(z_ν)^2}


(v_ν)_0 = {5P^3/2(r_ν)^5}y_ν{A(x_ν)^2 + B(y_ν)^2 + C(z_ν)^2}


(w_ν)_0 = {5P^3/2(r_ν)^5}z_ν{A(x_ν)^2 + B(y_ν)^2 + C(z_ν)^2}


として導関数の値を


(∂u_ν/∂x_ν)_0 = ∂(u_ν)_0/∂x_ν,   (∂v_ν/∂y_ν)_0 = ∂(v_ν)_0/∂y_ν,   (∂w_ν/∂z_ν)_0 = ∂(w_ν)_0/∂z_ν


で計算できます。ここで


r_ν = √{(x_ν)^2 + (y_ν)^2 + (z_ν)^2}


です。原点における導関数の値の和は、領域 G に含まれるすべての剛体球についてとるものとします。領域 G は座標原点に中心があり、きわめて大きな半径 R の球形であるとしています。ここでアインシュタインは、不規則に分布する剛体球の浮遊の様子を希薄で均一に分布するとみなすことにすれば、剛体球についての和を積分に置き換えて計算できると述べています。しかもその後に示された計算式によれば、原点における導関数の値を計算することなく、混合物の膨張運動の主軸の値を求めています。このことについて少し考えてみます。


 さて、和を積分に置き換えて計算するという方法は、電磁波の固有振動の状態数や逆格子空間での運動量の状態数の計算でしばしば用いられる手法です。もともとは導関数 (∂u_ν/∂x),(∂v_ν/∂y),(∂w_ν/∂z) の座標原点での値を領域 G に含まれる剛体球について和をとるというものでした。これらは、微分の性質から


Σ_ν (∂u_ν/∂x_ν)_0,   Σ_ν (∂v_ν/∂y_ν)_0,   Σ_ν (∂w_ν/∂z_ν)_0


で計算ができることになりますから、これを領域 G に含まれる剛体球の座標でのある関数値の和と読み替えることができます。一方、領域 G の球の半径 R が隣り合う剛体球の平均距離に比べて十分大きいと仮定していましたから、剛体球の浮遊の様子を希薄で均一に分布するとみなすことによって、隣り合う剛体球の平均距離を稜とする立方体内の一点での関数値の和と読み替えるよう式変形が可能です。領域 G の体積を V とすると、隣り合う剛体球の平均距離を稜とする立方体の体積は、領域 G に含まれる剛体球の数 nV で除して求めることができるので、


Σ_ν (V/nV)(∂u_ν/∂x_ν)_0 = ∫_K  {∂(u_ν)_0/∂x_ν} dx_νdy_νdz_ν,


Σ_ν (V/nV)(∂v_ν/∂y_ν)_0 = ∫_K  {∂(v_ν)_0/∂y_ν} dx_νdy_νdz_ν


Σ_ν (V/nV)(∂w_ν/∂z_ν)_0 = ∫_K  {∂(w_ν)_0/∂z_ν} dx_νdy_νdz_ν


と変形すれば、和は領域 G での体積分で近似できることになります。従って和は積分によって


Σ_ν (∂u_ν/∂x_ν)_0 = n ∫_K  {∂(u_ν)_0/∂x_ν} dx_νdy_νdz_ν


Σ_ν (∂v_ν/∂y_ν)_0 = n ∫_K  {∂(v_ν)_0/∂y_ν} dx_νdy_νdz_ν


Σ_ν (∂w_ν/∂z_ν)_0 = n ∫_K  {∂(w_ν)_0/∂z_ν} dx_νdy_νdz_ν


と評価できることになります。剛体球についての和を積分に置き換えて計算するというのはこういうことではないかと思われます。


 さらにこの体積分に関しては、ガウスの定理によって領域 G の表面積分に書き換えることができます。領域 G の球 K の表面積分での、外向き単位法線ベクトルの座標系に対する方向余弦は、球 K の表面上の点 (x_ν, y_ν, z_ν) と座標軸の原点の位置関係から、{(x_ν/r_ν), (y_ν/r_ν), (z_ν/r_ν)} とわかりますので


Σ_ν (∂u_ν/∂x_ν)_0 = n∫ _K {∂(u_ν)_0/∂x_ν} dx_νdy_νdz_ν = n ∬_K (u_ν)_0(x_ν/r_ν) dS


Σ_ν (∂v_ν/∂y_ν)_0 = n ∫_K {∂(v_ν)_0/∂y_ν} dx_νdy_νdz_ν = n ∬_K (v_ν)_0(y_ν/r_ν) dS


Σ_ν (∂w_ν/∂z_ν)_0 = n ∫_K {∂(w_ν)_0/∂z_ν} dx_νdy_νdz_ν = n ∬_K (w_ν)_0(z_ν/r_ν) dS


となります。ここで球 K の表面上では


r_ν = √{(x_ν)^2 + (y_ν)^2 + (z_ν)^2} = R


ですから


Σ_ν (∂u_ν/∂x_ν)_0 = n{5P^3/2R^6} ∬_K (x_ν)^2{A(x_ν)^2 + B(y_ν)^2 + C(z_ν)^2} dS


Σ_ν (∂v_ν/∂y_ν)_0 = n{5P^3/2R^6} ∬_K (y_ν)^2{A(x_ν)^2 + B(y_ν)^2 + C(z_ν)^2} dS


Σ_ν (∂w_ν/∂z_ν)_0 = n{5P^3/2R^6} ∬_K (z_ν)^2{A(x_ν)^2 + B(y_ν)^2 + C(z_ν)^2} dS


で評価できることがわかります。半径 R の球面上での4次式の積分に関しては、以前


∬ξ^4 dS = ∬η^4 dS = ∬ζ^4 dS = (4/5)πR^6


∬ξ^2η^2 dS = ∬η^2ζ^2 dS = ∬ζ^2ξ^2 dS = (4/15)πR^6


と求めていますのでこれが利用できます。即ち


∬_K (x_ν)^4 dS = ∬_K (y_ν)^4 dS = ∬_K (z_ν)^4 dS = (4/5)πR^6


∬_K (x_ν)^2(y_ν)^2 dS = ∬_K (y_ν)^2(z_ν)^2 dS = ∬_K (z_ν)^2(x_ν)^2 dS = (4/15)πR^6


として計算すれば、A + B + C = 0 を用いると


Σ_ν (∂u_ν/∂x_ν)_0 = n{5P^3/2R^6}πR^6(12A + 4B + 4C)/15 = nA(4/3)πP^3


Σ_ν (∂v_ν/∂y_ν)_0 = n{5P^3/2R^6}πR^6(4A + 12B + 4C)/15 = nB(4/3)πP^3


Σ_ν (∂w_ν/∂z_ν)_0 = n{5P^3/2R^6}πR^6(4A + 4B + 12C)/15 = nC(4/3)πP^3


となり、剛体球の体積 Φ = (4/3)πP^3 から定義される φ=nΦ を用いれば、混合物の膨張運動の主軸の値は、


A* = A - Aφ = A(1 - φ)


B* = B - Bφ = B(1 - φ)


C* = C - Cφ = C(1 - φ)


と求めることができました。ここで


(δ*)^2 = (A*)^2 + (B*)^2 + (C*)^2


とおき、剛体球の体積 Φ = (4/3)πP^3 の2次の項を無視する近似をとれば


(δ*)^2 = δ^2(1 - 2φ)


となります。これより混合物の粘性係数 k* を計算することができます。


さて、この混合物の液体が、単位体積当たり、単位時間当たりに発生する熱は、


W* = 2kδ^2{1 + (φ/2)}


でした。また、粘性係数 k* の混合物の液体としての単位体積当たり、単位時間当たりに発生する熱は、


W* = 2k*(δ*)^2


ですから、


kδ^2{1 + (φ/2)} = k*(δ*)^2 = k*δ^2(1 - 2φ)


k{1 + (φ/2)} = k*(1 - 2φ)


k* = k{1 + (φ/2)}/(1-2φ) ≒ k{1 + (φ/2)}(1 + 2φ)


となりますが、やはり Φ = (4/3)πP^3 の2次の項を無視する近似をとれば、


k*=k{1 + (5/2)φ}


を得ます。この計算結果から、液体中に微小な剛体球が浮かんでいる場合の粘性係数は、単位体積内に浮かぶ剛体球の全体積が極めて小さいという条件の下で、球の全体積の (5/2) 倍だけ増加するという結論を得ます。

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