1905年の論文「分子の大きさを求める新手法」(その9)
標記論文の第1節を読むのに長大な時間を要してしまいました。物理学の方程式を考察状況に合わせて解き、解を得るということがとても大変であることを学びました。考察状況を正しく反映する諸条件を設定するだけではなく、利用する座標系の選び方、意味ある結果を得るための近似その他重要なことがたくさんあることがわかります。ともかくも液体領域内の剛体球が散逸エネルギーに与える影響を計算するところまでは読み進むことができました。そこで、標記論文の第2節
2. 不規則に分布する小球がきわめて多数浮かんでいる場合に,液体の粘性係数を求める
を読みます。第1節では、大きな領域 G の内部にその領域に比べて非常に小さな剛体球が1個浮かんでいる場合を考え、その球が液体の運動の及ぼす影響を調べました。第2節では、領域 G の内部に同じ半径の剛体球が多数含まれている場合を考察します。そして剛体球の半径は極めて小さく、剛体球の体積はすべてを合算しても、領域 G の体積よりはるかに小さいとし、単位体積に含まれる剛体球の個数 n は液体全体で一定であるものとします。
さて第1節と同様に、剛体球が一つも浮かんでいない粘性係数 k をもつ均質な非圧縮性の液体のごく一般的な膨張運動から考察を始めます。第1節では、液体の速度場の成分の関数 u, v, w は座標 x,y,z および時間 t の関数として、任意の空間点 (x_0, y_0, z_0) の回りにテーラー展開され、x - x_0,y - y_0,z - z_0 の関数として与えられるとしていました。また領域 G は小さく選ばれていて、G の内部では速度場をテーラー展開して一次の項で近似できる範囲のを考えました。剛体球が存在しないとして前節と同様に、膨張運動の主軸に平行な軸を持つ座標系を選ぶことにします。原点 (0,0,0) の周りにテーラー展開したとして領域 G の任意の空間点 x,y,z におけるの速度場の関数 u_0,v_0,w_0 は
u_0 = Ax, v_0 = By, w_0 = Cz
と表すことができます。また非圧縮性の条件は
A + B + C = 0
です。
第1節で、アインシュタインは粘性係数が一定ある場合の非圧縮性粘性流体に適用されるナビエ・ストークス方程式をストークス近似で考察して、液体中に浮かんでいる剛体球がこの流体に及ぼす影響を考慮した速度場の成分の関数 u,v,w の露わな表式
u = Aξ - (5P^3/2ρ^5)ξ(Aξ^2 + Bη^2 + Cζ^2) + (5P^5/2ρ^7)ξ(Aξ^2 + Bη^2 + Cζ^2) - (P^5/ρ^5)Aξ
v = Bη - (5P^3/2ρ^5)η(Aξ^2 + Bη^2 + Cζ^2) + (5P^5/2ρ^7)η(Aξ^2 + Bη^2 + Cζ^2) - (P^5/ρ^5)Bη
w = Cζ - (5P^3/2ρ^5)ζ(Aξ^2 + Bη^2 + Cζ^2) + (5P^5/2ρ^7)ζ(Aξ^2 + Bη^2 + Cζ^2) - (P^5/ρ^5)Cζ
を得ました。ここでは
ξ = x - x_0, η = y - y_0, ζ = z - z_0
ρ = √(ξ^2 + η^2 + ζ^2)
です。
本節でも剛体球が存在しないとして膨張運動の主軸に平行な軸を持つ座標系を選ぶことにします。原点 (0,0,0) の周りにテーラー展開したとして領域 G の任意の空間点 x,y,z におけるの速度場の関数 u_0,v_0,w_0 は
u_0 = Ax, v_0 = By, w_0 = Cz
と表すことができます。また非圧縮性の条件は
A + B + C = 0
です。
次に多数の剛体球が存在する場合を考えます。多数個の剛体球が及ぼす影響を簡単に評価するために隣り合う剛体球の平均距離を剛体球の半径 P に比べて十分大きいと仮定します。従って一つの剛体球は他の剛体球から影響を受けることはないということです。そして領域 G に浮かんでいるすべての剛体球のために生じる付加的な速度成分 u - u_0,v - v_0,w - w_0 は、それぞれ u_0,v_0,w_0 に比べて極めて小さいと考えておきます。
ここで、ν で指定される半径 P の剛体球が座標 (x_ν,y_ν,z_ν) に浮かんでいるとすると、この剛体球1個が液体の運動に及ぼす影響は第1節の計算結果から評価できます。ここでは付加的な速度成分の高次の項を無視して
u_ν=-{5P^3/2(ρ_ν)^5}ξ_νJ_ν + {5P^5/2(ρ_ν)^7}ξ_νJ_ν - {P^5/(ρ_ν)^5}Aξ_ν
v_ν=-{5P^3/2(ρ_ν)^5}η_νJ_ν + {5P^5/2(ρ_ν)^7}η_νJ_ν - {P^5/(ρ_ν)^5}Bη_ν
w_ν=-{5P^3/2(ρ_ν)^5}ζ_νJ_ν + {5P^5/2(ρ_ν)^7}ζ_νJ_ν - {P^5/(ρ_ν^)5}Cζ_ν
とおいて速度場の成分を
u = Ax + Σ_ν u_ν
v = By + Σ_ν v_ν
w = Cz + Σ_ν w_ν
と近似できます。ここで和は領域 G の内部に存在するすべての剛体球についてとるものとします。また
J_ν = A(ξ_ν)^2 + B(η_ν)^2 + C(ζ_ν)^2
ξ_ν = x- x_ν, η_ν = y - y_ν, ζ_ν = z - z_ν
ρ_ν = √{(ξ_ν)^2 + (η_ν)^2 + (ζ_ν)^2}
です。
さてここで、第1節で得た剛体球1個の存在が散逸エネルギーに及ぼす影響を振り返っておきます。大変長大な積分計算をしましたが、結局、単位時間あたりに発生する熱は、領域の体積 V と剛体球の体積 Φ で評価できました。k を液体の粘性係数として、
W = 2kδ^2{V + (Φ/2)}
となりました。ここで
δ^2 = A^2 + B^2 + C^2
です。つまり、体積 V の中で単位時間当たりに散逸するエネルギーが
W_0 = 2kδ^2V
であるとき、剛体球が1個存在することによって、散逸エネルギーは kδ^2Φ だけ増加することが分かります。領域 G の内部には、単位体積あたり n 個の剛体球が含まれるとすると、単位時間に単位体積当たり熱に変化するエネルギーは
W = W_0 + nkδ^2Φ = 2kδ^2{1 + (nΦ/2)} = 2kδ^2{1 + (φ/2)}
であることがわかりります。ここで単位体積に含まれる多数の剛体球が占める全体積を
φ = nΦ
としています。
ここで液体と剛体球が不均一に混じりあった混合物の粘性係数について考察します。アインシュタインは、A,B,C が剛体球を含まない場合の膨張運動の主軸の値であって、混合物の液体の膨張運動の主軸の値ではないことを指摘しています。しかし、混合物の液体の膨張運動の主軸方向は、その対称性から剛体球を含まない場合の膨張運動の主軸、即ち座標軸と並行であることがわかると主張しています。おそらく液体と剛体球の混合物は十分希薄で不均一に混ざり合っていて剛体球の浮遊の様子が不規則で等方的であると考えられることから、剛体球を含まない場合の主軸座標で混合物の変形速度テンソルが対角化できると考えたのであろうと思われます。この部分は私には難解なのでアインシュタインの主張に沿って読み進むことにします。そこで液体と剛体球の混合物の膨張運動の主軸の値 A*,B*,C* について具体的に考察することにします。まず速度場の成分
u = Ax + Σ_ν u_ν
v = By + Σ_ν v_ν
w = Cz + Σ_ν w_ν
の中の、個々の剛体球の付近での関数 u_ν,v_ν,w_ν の振る舞いについて考えてみます。液体と剛体球の希薄混合物は、隣り合う剛体球の平均距離を剛体球の半径 P に比べて十分大きいものと仮定していました。従って、ν で指定される剛体球について、ほとんどの座標点で
ρ_ν = √{(ξ_ν)^2 + (η_ν)^2 + (ζ_ν)^2}
ξ_ν = x- x_ν, η_ν = y - y_ν, ζ_ν = z - z_ν
の値について P^3/(ρ_ν)^5 の項に対して、P^5/(ρ_ν)^7 と P^5/(ρ_ν)^5 の項を無視することができて、
u_ν = -{5P^3/2(ρ_ν)^5}ξ_νJ_ν
v_ν = -{5P^3/2(ρ_ν)^5}η_νJ_ν
w_ν = -{5P^3/2(ρ_ν)^5}ζ_νJ_ν
となります。次に変形速度テンソルは対角化されていると考えて微分によって
A* = ∂u/∂x = A + Σ_ν (∂u_ν/∂x)
B* = ∂v/∂y = B + Σ_ν (∂v_ν/∂y)
C* = ∂w/∂z = C + Σ_ν (∂w_ν/∂z)
を得ます。ここで、u_ν,v_ν,w_ν が、
ξ_ν = x- x_ν, η_ν = y - y_ν, ζ_ν = z - z_ν
の関数であることを利用して、
A* = ∂u/∂x= A - Σ_ν (∂u_ν/∂x_ν)
B* = ∂v/∂y= B - Σ_ν (∂v_ν/∂y_ν)
C* = ∂w/∂z= C - Σ_ν (∂w_ν/∂z_ν)
と書き換えておきます。
以上の準備の下に、液体と剛体球が不均一に混じりあった混合物の粘性係数を計算するわけですが、準備の部分が長くなりましたのでこのあたりで一段落とし、この続きは次回に譲ることにします。