アルベルト・アインシュタインの論文を読む

アインシュタインの論文に関する独断と偏見に満ちた読後報告です。

1905年の論文「熱の分子運動から要請される,静止液体中に浮かぶ小さな粒子の運動について」(その2)

 標記論文の第3節

3. 微小な懸濁球体の拡散理論

を読みます。この節でアインシュタインは懸濁粒子が液体中にランダムに浮かんで分布している系を取り上げています。そしてそれぞれの粒子には位置に依存するが時間には依存しない力 K が作用しているという仮定の下で、懸濁粒子の力学的平衡について調べています。簡単のためにこの力はいたるところで X 軸方向に作用するものとします。


 単位体積あたりに浮かぶ懸濁粒子の個数を ν とすると、νx の関数となります。今、懸濁物質は力学的平衡状態にありますから、懸濁粒子が任意の仮想変位 δx だけ位置を変えたとしても自由エネルギー F は変化しないと考えられます。従って絶対温度 T を一定にして変分を考えると


δF = δE - δTS = 0


の関係が成り立ちます。ここでアインシュタインは液体はX軸に垂直に単位面積の断面積をもち、x = 0x = l の平面で区切られているものと仮定しています。つまり


V*=1×1×l


の直方体であると仮定したことになります。こうしてアインシュタインは懸濁物質の力学平衡の条件式を評価しています。先ず内部エネルギーEですが、懸濁粒子がした仕事だけ減ることになるので、


δE=-∫Kνδxdx


です。またエントロピー S は、ヘルムホルツの自由エネルギー F から


(∂F/∂T)_V=-S


と求まりますから、第2節の結果から、


S = (R/N)(ln J + n lnV*)+(R/N)(∂ln J/∂T)


となることに注意すると評価できます。第2節で、J は懸濁粒子の位置によらないことが示されていますが、懸濁粒子の重心 (x,y,z) は仮想変位によって (x+δx,y,z) によって体積要素が変化します。従って


(∂S/∂x)=(R/N)(n/V^*)(∂V^*/∂x)=(R/N)ν(∂V^*/∂x)


ですが、体積 V* の積分の中で仮想変位をとった変分 δV*x に依存し、


V* = V_0 + δV* = V_0 + 1×1×δx


ですから


(∂S/∂x) = (R/N)ν(∂δx/∂x)


より


δS = ∫ (R/N)ν(∂δx/∂x) dx


となります。なお、積分範囲はいずれも 0 から l までです。従って力学的平衡条件は


δF = δE - δTS = -∫Kνδxdx - ∫ (RT/N)ν(∂δx/∂x) dx


となります。第2項はの積分は部分積分によって


∫ (RT/N)ν(∂δx/∂x) dx = - ∫ (RT/N)(∂ν/∂x)δx dx


と書き換えることが出来ます。ここで、x = 0 x = l の表面積分の項は変分条件 δx = 0 で 0 と評価しています。よって


δF = - ∫ {Kν - (RT/N)(∂ν/∂x)}δx dx = 0


となることから、要請されるべき力学的平衡条件として


- Kν + (RT/N)(∂ν/∂x) = 0


を得ます。これは第2節の結果


p=(RT/N)ν


を用いて、


Kν-(∂p/∂x)=0


と書き換えることが出来、ここから力 K が浸透圧の力と確かに釣り合っていることがわかります。


 次にアインシュタインは、


- Kν + (RT/N)(∂ν/∂x) = 0


を使って懸濁物質の拡散係数を求める考察を行っています。アインシュタインは、考察下にある力学的平衡は、互いに逆方向に進行するふたつのプロセス

  1. 個々の懸濁粒子に作用する力の影響のもとで,懸濁物質が行う運動.
  2. 分子の熱運動のために懸濁粒子が行う無秩序運動によって生じる拡散過程.

の重ね合わせであると見做すことが出来ると述べています。


 さてアインシュタインはここから粘性流体の遅い流れに対するストークス近似を援用しています。速度 v の一様な流れの中で静止している半径 P の球体が受ける抗力 F は流体の粘性係数を k として


F = 6πkvP


で与えられるというストークスの抵抗法則を使って、半径 P の球形の懸濁粒子が粘性係数が k の液体の中で力 K を受けて得ることができる速度を、


v = K/6πkP


と算出しました。これについては脚注からキルヒホッフの力学講義録が参照されたことがうかがえます。しかもこれは運動の相対性を考慮した考察であると思われます。これから力 K によって単位時間あたりに単位面積を通過する懸濁粒子の個数は νK/6πkP となります。


 さらに物質の拡散に関する基本法則であるフィックの第1法則に従って、単位時間当たりに単位面積を通過する質量は密度の勾配に比例することから、懸濁粒子1個の質量を μ、懸濁物質の拡散係数を D とすると、拡散によって単位時間あたり単位面積を -D{∂(μν)/∂x} g の質量が通過と評価しました。これを単位時間当たりに単位面積を通過する懸濁粒子の個数にすれば -D(∂ν/∂x) 個となります。これらのことから隔壁内が力学的平衡状態にあるためには、


νK/6πkP - D(∂ν/∂x) = 0


が成り立たなければなりません。ここで上で得た力学的平衡の条件式


- Kν + (RT/N)(∂ν/∂x) = 0


を用いると、懸濁物質の拡散係数が


D = (RT/N)(1/6πkP)


と計算されます。こうして懸濁物質の拡散係数は普遍定数と絶対温度に加えて液体の粘性係数と懸濁粒子の大きさに依存することが分かりました。アインシュタインは熱力学や分子運動論だけでなく、流体力学にも精通していたことがうかがえます。

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