アルベルト・アインシュタインの論文を読む

アインシュタインの論文に関する独断と偏見に満ちた読後報告です。

1905年の論文「熱の分子運動から要請される,静止液体中に浮かぶ小さな粒子の運動について」(その4)

 標記論文の第4節

4. 液体懸濁粒子の無秩序運動と,運動と拡散の関係について

の続きを読みます。ここまでで、アインシュタインは単位体積あたりの懸濁粒子数 ν = f(x, t) は拡散方程式


(∂f/∂t) = D(∂^2f/∂x^2)


を満たすべきであることまでは導いていましたが、目的であった関数 φ に拡散係数 D がどのように依存しているかを見出してはいません。拡散方程式を導出するために


(1/τ) ∫ (Δ^2/2)φ(Δ) dΔ = D


と置きましたので、現代風には拡散係数 D は確率密度 φ についての確率変数 Δ の2次のモーメントであることが分かっている段階です。また特性関数を考えるとフーリエ変換によってこれが分散に関係する量であることまではわかります。


 さて、アインシュタインは拡散方程式を導出した後で、この議論に関して重要なこととして、これまでは懸濁粒子をすべてて同一の座標系で考えてきたが、個々の懸濁粒子の運動が独立であるならば、必ずしもそうでなければならないということはないと述べています。そこでそれぞれの懸濁粒子の運動を時刻 t = 0 に懸濁粒子の重心の位置と座標原点が一致するような座標系で記述することにします。この場合、前と異なる点は、f(x, t)dx は、時刻 t = 0 から時刻 t = t までの間で X 座標の大きさが、xx + dx の間の値だけ増加するような懸濁粒子の個数を表すということです。つまり時刻 t = 0 の時の懸濁粒子の重心の位置から、時刻 t = txx + dx の間の値だけ変位している懸濁粒子の個数を与えるということです。そしてアインシュタインは、この場合の関数 f もまた拡散方程式


(∂f/∂t) = D(∂^2f/∂x^2)


に従って変化し、初期時刻 t = 0 では x > 0 または x < 0 に対して


f(x, 0) = 0


であり、かつ


∫ f(x, 0) dx = N


であることが明らかであると述べています。この初期時刻における関数 f はディラックの δ 関数を用いて


f(x, 0)=nδ(x)


と表すことが出来ます。従って境界条件として x → ±∞ のとき f → 0 を置くと、関数 f は拡散方程式の初期値境界値問題の解として求められることになります。アインシュタインは

かくして問題は,(拡散粒子間の相互作用を無視したときの)ある点からの拡散の問題と同じになり,数学的には完全に解明される.

と述べています。


 アインシュタインの時代にδ関数はありませんでしたが、ここではδ関数の性質を用いてフーリエ変換によって拡散方程式を積分してみます。


f(x, t) = {1/√(2π)} ∫ g(k, t)exp(ikx) dk


と置いて、拡散方程式に代入すると


{1/√(2π)} ∫ {∂g(k, t)/∂t}exp(ikx) dk = {1/√(2π)} ∫ g(k, t)(-Dk^2)exp(ikx)dk


ですから


∫ [{∂g(k, t)/∂t}-(-Dk^2)g(k, t)]exp(ikx) dk = 0


となり、


{dg(k, t)/dt} - (-Dk^2)g(k, t) = 0


と解くことになります。


dg/g = -Dk^2dt


より、aを定数として


ln g = -Dk^2t + a


従って


g(k,t) = A(k)exp(-Dk^2t)


となります。aはkに依存しても良いので、A(k)=e^aと置いています。従って


f(x, t) = {1/√(2π)}∫A(k)exp(-Dk^2t)exp(ikx) dk


ですが、初期時刻 t = 0 において


f(x, 0) = {1/√(2π)} ∫ A(k)exp(ikx) dk = nδ(x)


であるので、A(k) は反転公式によって


A(k) = {1/√(2π)} ∫ nδ(x)exp(-ikx) dx = {n/√(2π)}exp(-ikx)


と求めることが出来ます。


f(k, t) = (n/2π) ∫ exp(-Dk^2t-ikx) dk = (n/2π)∫exp[-Dt{k^2+(ix/Dt)k} dk


= (n/2π) ∫ exp[-Dt{k+ix/2Dt)k}^2-x^2/4Dt] dk


ここでガウス積分の公式


∫ exp(-αx^2) dx = √(π/α)


を用いて積分を実行すると


f(x, t) = (n/2π)√(π/Dt)exp(-x^2/4Dt) = {n/√(4πDt)}exp(-x^2/4Dt)


となり、境界条件 x  →  ±∞ を満たす解が求まりました。


 この結果からアインシュタインは、

任意の時間 t のあいだ起こる変位の確率分布は、確率誤差の分布と同じである.

と述べています。任意の時間 t の間に懸濁粒子の重心に起こる変位の確率は正規分布に従うということです。アインシュタインは本節の初めでひとつの懸濁粒子の X 座標の変位 Δ を確率密度 φ(Δ) に従う確率変数であると見做し、懸濁粒子は互いに独立に確率法則に従って運動しているとしていましたが、その確率法則を見出したことになります。


 さて、少し長くなりましたので、ここで一段落とし、続きは次回の投稿とさせて頂きます。

×

非ログインユーザーとして返信する