1905年の論文「熱の分子運動から要請される,静止液体中に浮かぶ小さな粒子の運動について」(その3)
今回の投稿に際し、先ず本ブログを閲覧してくださった方々にお礼を申し上げます。ありがとうございました。そして特殊相対性理論について多くを教えていただき、このブログを開設してはどうかと勧めてくださった近隣の某ブログ主催者の方にも感謝申し上げます。ブログ開設以来アクセス数が延べ1000を越えました。一般的なブログアクセス数としては微々たるものなのでしょうが、私にとしてはこんな多くの回数で閲覧してくださるとは予想もしていませんでしたので、いい加減な原稿をアップしていたことを恥じ入るばかりです。かといって改めようとしても精緻な報告などできるわけなどありませんので、このままいい加減で独断に満ちた投稿を続けることをお許し頂き、それをお含み頂いた上で閲覧を賜ることが出来れば幸いです。
ということで、標記論文の第4節
4. 液体懸濁粒子の無秩序運動と,運動と拡散の関係について
を読みます。アインシュタインは節を改め、分子の熱運動によって生じる懸濁粒子の拡散過程の原因となっている無秩序運動について詳しく論じています。
まず、個々の懸濁粒子は、他のすべての懸濁粒子の運動とは独立に運動するものと仮定します。さらにひとつの懸濁粒子の運動についても、異なる時間間隔で行う運動について、その時間間隔が小さくないとしても、それぞれの運動は互いに独立であると仮定をしています。そして以上の仮定の上で、アインシュタインはある時間間隔 τ を導入しています。
ここで,観測可能な時間間隔よりはずっと小さいが,ひきつづく時間間隔に粒子が行う運動を互いに独立とみなせるぐらいには長い時間間隔として,τを導入する.
つまりτは懸濁粒子を観測する時間よりは短いが、懸濁粒子の運動がお互いに独立だと見做せる程長い時間間隔として選ばれています。そしてこの時間間隔の間の懸濁粒子の位置の変位について考察をしています。
今、液体中に全部で n 個の懸濁粒子が浮かんでいるとします。時間間隔 τ の間に懸濁粒子の X 座標が懸濁粒子ごとに異なる Δ という値だけ変位するとします。懸濁粒子は無秩序運動をしていますが、Δ に対しては何らかの確率分布則が成り立つであろうことが予想されます。そしてアインシュタインは時間間隔 τ の間に、位置が Δ と Δ+ dΔ の間の値だけ変化する懸濁粒子の個数 dn が
dn = nφ(Δ)dΔ
と表すことが出来ると述べています。ここで Δ を変数とする関数 φ について
∫ φ(Δ) dΔ=1
であり、関数φは Δ の値が極めて小さいときだけ零と異なる値を取り、
φ(Δ) = φ(-Δ)
の条件を満たすものと仮定をしています。ここの積分範囲は Δ について -∞ から +∞ です。今風に述べれば、ひとつの懸濁粒子の X 座標の変位 Δ を確率密度 φ(Δ) に従う確率変数であると見做し、懸濁粒子は互いに独立に確率法則に従って運動しているとしたことになります。
アインシュタインは次に関数 φ に拡散係数 D がどのように依存しているかを調べています。そのために単位体積あたりの懸濁粒子の個数 ν は懸濁粒子の X 座標と時間だけに依存するとして考察を進めています。つまり懸濁粒子の濃度の時間空間的は変化に着目しているということです。
アインシュタインは単位体積あたりの懸濁粒子の個数を、
ν=f(x,t)
として、時刻 t + τ の懸濁粒子の分布を、時刻 t の分布から計算しています。時刻 t + τ に X 軸に垂直で、x および x + dx で X 軸と交わる二つの平面の間に存在する懸濁粒子の個数 f(x,t+τ)dx を関数 φ(Δ) の定義から求めます。その個数は時間間隔 τ の間に x に位置する懸濁粒子が Δ と Δ+dΔ の間の値だけ変化する懸濁粒子の個数 f(x+Δ, t)dxφ(Δ)dΔ をすべての変位について加え合わせたものになることから
f(x,t+τ)dx = dx ∫ f(x+Δ,t)φ(Δ) dΔ
を得ることが出来ます。ここの積分範囲はΔについて -∞ から +∞ です。ここで τ を観測可能な時間よりずっと小さいと仮定しているので、τ が極めて小さいとして左辺の f(x,t+τ) を時刻 t のまわりにテーラー展開して1次の項までを取る近似を導入し
f(x, t+τ) = f(x, t) + τ(∂f/∂t)
と置きます。さらに右辺の f(x+Δ, t) についても x のまわりに
f(x+Δ, t) = f(x, t) + Δ(∂f/∂x) + (Δ^2/2!)(∂^2f/∂x^2) + (Δ^3/3!)(∂^3f/∂x^3) + ・・・
とテーラー展開します。Δ に関する積分への寄与は、零と異なる値を取る Δ の値が極めて小さいところだけであることから、この展開式を積分の被積分関数に代入して、
f + τ(∂f/∂t) = ∫ f(x,t)φ(Δ) dΔ + ∫ Δ(∂f/∂x)φ(Δ) dΔ + ∫ (Δ^2/2!)(∂^2f/∂x^2)φ(Δ) dΔ + ・・・
= f(x,t) ∫ φ(Δ) dΔ + (∂f/∂x) ∫ Δφ(Δ) dΔ + (∂^2f/∂x^2) ∫ (Δ^2/2!)φ(Δ) dΔ + ・・・
が得られます。ここで関数 φ は偶関数 φ(Δ) = φ(-Δ) なので、右辺の第2項、第4項、・・・ の各項は定積分値が零になることが分かります。さらに
∫ φ(Δ) dΔ = 1
であること、また関数 φ が Δ のきわめて小さい値の時だけ零と異なることから、第1項、第3項、第5項、・・・ の定積分値は前項に比べて非常に小さい値となることが分かります。よって右辺を第1項と第3項だけを考慮することにすれば、
f(x, t) + τ(∂f/∂t) = f(x, t) + (∂^2f/∂x^2) ∫ (Δ^2/2)φ(Δ) dΔ
となり、ここで
(1/τ) ∫ (Δ^2/2)φ(Δ) dΔ = D
と置くと、単位体積あたりの懸濁粒子数 ν=f(x, t) は拡散方程式あるいは熱伝導方程式
(∂f/∂t) = D(∂^2f/∂x^2)
を満たすべき事が導かれます。前節でも脚注で示しているようにキルヒホッフの力学講義録で流体力学を学んでいたであろうアインシュタインはフィックの第2法則、すなわち、拡散係数 D が定数のとき、濃度の時間変化は拡散方程式で表されることをこの議論に応用したのではないかと想像されます。
関数 φ に拡散係数 D がどのように依存しているかの考察の途中ではありますが、ここで一段落とし、以降は次回の投稿とさせて頂きます。